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バイオリンの音色に

べラの誕生日ということで、今日も「ニッポンふらふら記」はお休み。
明日から再開します。

昨年の9月。ベラが亡くなってから
私はバイオリンの音楽CDを、まったく聴かなくなってしまった。
うちにはベラが聴いていたクラシックやジプシー音楽、
タンゴのCDなどがいっぱいある。
が、それらはCDボックスの中で眠ったまま。
理由はシンプル。
バイオリンを聴くと、つらくなるから。

今年の5月に、ベラの親友・ルイスを訪ねて
バルセロナへ行った時、思いがけない場面に遭遇した。
ルイス宅からバルセロナの中心地までは列車で30分。
その時、突然ドアが開き、数人のルーマニアの
ジプシーミュージシャンたちが楽器を抱えて乗り込んで来た。

目的はチップをもらうためだが、無理強いするわけでもなく
4,5曲弾いて、お客さんの間を笑顔で回る。
アコーデオン、バイオリン、コントラバス、トランペットが
奏でるハーモニーは息もぴったりで、美しかった。

私は久しぶりにまじかで聴く音楽、
生き生きとしたミュージシャンの表情に
心臓がどきどきと高鳴った。
うまく言えないが、ずっと避けていたものに
突然向き合わされたような気がした。

最初はおなじみのジャズや映画の名曲を弾いていたが
突然、アコーデオン奏者とバイオリニストが
「ハンガリー舞曲第五番」を弾きだした。

何が起こったのか、最初わからなかった。
一瞬、息が止まるような感じがして
次の瞬間、涙があふれて止まらなくなった。

その急激な感情の発作は何なのか。
自分でもわからぬまま、イスから立ち上がることもできず
顔を本の中に隠して泣いていた。

バイオリンの音色は美しかったが
私にとってはただ苦しく、つらく
その永遠のような数分を黙って耐えていた。
そしてあまりに我を忘れていたので
本来降りるべき「バルセロナ駅」に停車したのに気づかず
2つも乗り過ごしてしまった。

バイオリンのその美しいメロディ、感情たっぷりの演奏は
本来なら感動の中に、私を誘うはずだった。
が、その時は、悲しみだけをもたらした。

「私は、バイオリンを聴くことができない」
そのことに、自分自身がショックを受け
バルセロナに着いても、しばらく呆然として町を歩いた。

それから3か月。
先日、マラガの中心街で
ストリートミュージシャンの演奏を聴く機会があった。
バイオリンとビオラの男の子の二人組でいかにも
「コンセルバトリオで勉強中です」
といった雰囲気を、姿勢にも音色にも漂わせていた。

正直、その音色を遠くから聴きつけた時
「怖い」と思った。
自分でも信じられないが、できるならよけて通りたかった。
しかし、そのためには大きく迂回しなくてはならず
私は意を決して、二人に近づいていった。

弾いていたのはクラシックや映画音楽で
二人とも東ヨーロッパ的な顔つきをしている。
学校が夏休みの間、バケーションもかねて
通りで弾きながら旅をしているのかもしれない。

見えない黒い汗が、背中からしたたり落ちるようだった。
「美しい音楽」には、不釣り合いな緊張感が
私の全身をこわばらせ、一気に心拍数を上げる。

それでもなんとか曲を聴き終え、拍手をして通り過ぎることができた。
そのことに私は安堵し、深いため息をもらした。
時間は少しずつ、私の傷を癒してくれているのかもしれない。

そういえばバルセロナでルイスが(彼はドクター)
私の顔をじっと見つめて言った。
「愛する人を亡くした翌日の悲しみや痛みが
もし一生続くのなら、生きていける人はいない」

そして、ウインクをしながら言うのだった。
「時間だよ。時間にはどんな名医だってかなわないさ」

ベラと母が笑って腕を組んでいる写真。
その前に置かれたお供え物。
今はいない二人に手を合わせながら
そんなことを思い出した。