22. 豊川稲荷と大樹信仰

いよいよ、ベラ念願の「豊川稲荷」に行くことになった。
ベラが現れたことで、
きみどり家の「食卓配置図」および「車内座席図」がすっかり変わってしまい
「あややや~」
と移動するたび、誰がどこだと、大騒ぎである。

さて、豊川稲荷は明日にお祭りを控え、
境内では、いろいろな準備がすすめられていた。
中でも、十メートルくらいある「大提灯」が、男たちによって引き上げられ
境内に飾られる作業は、圧巻であった。

二つの大提灯には、色鮮やかな絵が描かれており、
「こんなの、初めて見たねぇ~!」
と両親でさえ、驚きの声をあげていた。
ベラは「写真、写真!」と大騒ぎで、20枚近くもここで撮り、
父が「はい、甘酒だよ」と、おわんを手渡すと
「中に、ぶつぶつしたものが入っています」
と言いながら、結局ぜんぶ飲んでいた。

境内を奥に進んでいくと、長いスロープの本堂に着く。
父には、お香の煙で「頭を清める」ことをならい
母には、「お賽銭を投げ、お参りする」ことを教えてもらった。
稲荷の守護獣、シンボルがキツネだと教えてもらうと、
キツネの象が現れるたび、駆けよって行っては写真を撮り
うなづきながら、境内をうれしそうに進んでいった。

塔や東屋を越えて、さらに奥まったところに
ひっそりとした木陰の参道がある。
平日で、人通りもほとんどない参道は、静寂に包まれていた。
頭上から参道に落ちる木漏れ日が、美しい。

「あっ」
と、ベラは小さな声をあげると、そこに向かって一目散に進んで行った。
その木漏れ日の中には、
何本もの「大樹」が、天に向かってすくっと立っているのだった。
大樹の林だ。
べラは帽子をとって、大木に近づくと
両手を開いて、その幹にぐるりと腕を回した。
そして目を閉じると、しばらく大木を、そっと抱きしめていた。

「あら~、ベラちゃん」
父は「大樹を抱きしめるベラの図」に、さかんにシャッターを切っていたが
当人はまったくおかまいなしに、
何度も深呼吸しながら、大樹と抱き合っている。

「いつも、大樹に会うと、ああするんだよ」
「へえ~」
「じゃ、県民の森に連れて行ってあげにゃ、いかんねぇ」
などと言っている、きみどり家の一族に向かって
「大樹を抱きしめるよう」べラは指示し、
みな、それに素直に従った。

「ありがとうございました」と、大樹に向かってまだ話しているベラを
見つめながら両親は
「自然のものが、ほんとに好きなんだねぇ~」
と、感心していた。
先週、「じゃが芋療法・崇拝者」にさせられていたきみどり家の一族にとって
今日の「大樹信仰・崇拝」など、なんでもない。
明日、「にんにくを崇拝しろ」と言われても、きっとだいじょうぶだろう。

来た道を引き返して行くと
「あっ、鯛焼き、売っとるよ!食べる?」
と、母が声をあげた。
ベラは「食べる、食べる」とくり返し、あつあつの鯛焼きをあっというまに
ほとんど4口で食べた。
「ちょっと、全部食べちゃったの?わたしの分は!」
と言っているまに、お土産屋に移動。
ここでもベラは、試食のせんべいや漬物をお店の人にごちそうになり
熱々のお茶まで入れてもらっていた。

なんという。
これだけ「ご利益」があるのも、大樹のおかげか。
唯一の心のこりは、
時間があわず、見られなかった「猿回しの芸」であったが
はたしてベラにわかったかな、「反省ザル」。
「反省」という概念がないラテン人に、あの肩を落とす猿の哀愁が。

(ニッポン驚嘆記・23」につづく)

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~音楽と絵の工房~地中海アトリエ・風羽音(ふわリん)南スペインだより