第83話 ほりーの手紙(後編)

「こんなに若く、やりたいことがいっぱいで、これから第二の人生が始まろうとしていたのに!」
手紙を読み始めた最初は、ただ悲しくやり切れなかった。
それが少しずつ、わたしが『彼女の声』
『ほりーのメッセージ』に耳を傾けはじめると、
その手紙が、まったく『意味のちがうもの』に、思えてきた。

「もしかして、ほりーはわたしに、ほりーのできなかったこと、やり残したすべてのこと、彼女の願いや思い、命の叫びを、託したかったんじゃないか?」

その発見、わたしに課せられた役割、使命を理解することは、
彼女の死を、さっきまでとは、全くちがうものにした。
不思議なことに、それは確信に近かった。

そう、ほりーはきっと、死の足音を聞いたのだ。
いや、もっとかすかな砂時計がサラサラと落ちていくような不安感を、
自分の体の中に、感じ取ったにちがいない。
彼女の叫び、願い、思い、やり残したすべてにことを、誰かに託したかったのだ。
誰に?わたしに。他の誰でもないわたしに。
そこには、理由があるはずだ。こんなに遠く離れて、何年も連絡のなかったわたしに。
だとしたら、理由はひとつ。
わたしなら、きっと、ほりーのメッセージ、願いを聞き届け、
それを受け継いで生きていくにちがいないと、ほりーは思ったのだ。

わたしは、それを理解した。
そして、その場で決意した。
今日、今、この瞬間から、わたしのエネルギーは、ただ生きることへと注がれる。
何が悲しいもんか!わたしにできる唯一にことは、ほりーが書いてくれたように、
『魂のまま生きる、って難しいけど、ももちゃんを見ていると、宇宙を信じてる、って感じがする』
そう、生きていくだけなんだ。
それが、ほりーへの、ありがとうなんだ。

ほりーのお葬式を、わたしはひとり、マラガでした。
その日、わたしは一番、色とりどりの服で一日を過ごした。
ほりーに、その輝く色が見えるように。
ほりーのメッセージを受け取ったこと、わたしが受け継いで生きていることが、わかるように。
そして、ほりーと眺めるはずだった海に向かって、合掌した。

「大陸が好き、大陸に魅かれる」と、いつも言っていたほりー。雪が大好きだったほりー。
わたしは、ほりーは海に還ったような気がする。
海流に乗って、ほりーは大陸を自由に行き来する。
落ちてくる雪を全身に受けとめる。
世界が平和であるよう、いつも祈っていたほりーは、
これから海に住むたくさんの命を守り、育てるだろう。

最後にわたしは、ピアノを弾いた。
よくカラオケでいっしょに歌ったユーミンの『あの日にかえりたい』を、
大声で歌いながら弾いた。
ほりーに聞こえるように。
もう泣くまいと決心したのに、その歌の最後に、わたしはもう一度だけ泣いた。
すっかり忘れていたこの曲の終わりのリフレインは
「あの頃のわたしに戻って、あなたに会いたい」だった。

わたしは、スペインに住んでいることで、この悲しみを誰とも、電話をくれたたった一人の友人以外、分かち合えなかった。
「ほりーを知る人たちといろいろ話をしたい」
と、最初は思った。でもすぐに、それは自分をなぐさめたいだけではないか、と思えてきた。
なぐさめなんて、もうとっくにわたしの人生から捨てていた。
そう、わたしの人生は感じること、そして行動すること!
それが、生きること、わたしの選んだ人生道なんだ。

ほりーの死がわたしに教えたのは、ある日突然、命の糸は切られるということだ。
何の説明も理由もなく。
どんなにすばらしい人間でも、夢や希望にあふれていても、
すべてはやりかけのまま、いきなり幕は下ろされる。

それからいうもの、わたしは何気ない瞬間に、
ほりーを自分の中に感じるようになった。
地中海に浮かぶアフリカ大陸を眺める。わたしの目を通して、ほりーもそれを眺める。
シエラ・ネバダ山脈の頂に残る7月の雪を眺める。ほりーも、それを眺める。

そうなんだ。ほりーはわたしの中で、生き続ける。
二度と会うことはできないけど、わたしが彼女を思う限り、
いっしょに生きていくことができるのだ。
大切な人の死は、人生を変えさせる力をもつ。
わたしは、変わる。わたしは、行動する。

8月末から計画中の『マラガ~バルセロナ海岸北上計画』の準備に、ふたたびとりかかる。
約束の8月、ほりーはわたしたちと旅するだろう。
『乾いた太陽の匂い』を存分に吸い込んで、音楽と海といっしょに。

「ほりー、わたし生きていくよ。魂のままに。
いつか、ほりーに会うときまで。
そしたら、いつもの名古屋弁で言ってね。
ももちゃん、見とったよ。
ちゃんと約束、守ってくれたが」って。

 

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「第83話 ほりーの手紙(後編)」への2件のフィードバック

  1. イラストをスキャニングしてた時、「ほりーっ」のひとことが目に入り、手が止まりました。イラストのももちゃんは、元気いっぱいの笑顔で太陽の下で輝いていて、でも、どうなんだろ?と思っていたのですが、この文章を読んで安心しました。私たちの結婚式の写真も堀場さんの手を通してももちゃんに渡ってたのね。ありがとう。ほりー。

  2. クロ隊長、いつもスキャニングを、ありがとうございます。
    まだ、会ったことのないクロ隊長。
    なのに、ほりーの手によって、
    クロ隊長の結婚式の写真は、しっかり届けられていました。
    不思議ですね。
    わたしたちは、誰もが『プエンテ(かけ橋)』。
    誰もが、誰かにとってかけがえのない存在。

    暑くて、演奏がたいへんになるこの時期、
    いつもほりーのことを、思い出します。
    汗だくになりながら、弾いていると
    「ももちゃん、がんばっとるが~」
    という、ほりーの声が聞こえる気がします。

    そしてときどき、どさくさにまぎれて
    『あの日にかえりたい』を、ホテルで弾いています。
    お盆だから、昨日も弾きました。40度の熱風の中。
    ヤシに囲まれたプールサイドで。
    ほりー、聞こえたかな。

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