昨日の続き。マラガからバルセロナへ飛行機でひとっ飛び。一時間半で、もう私はバルセロナにいた。
「ドゥーケ・・・」
ベッドに横たわるルイスに、そっと歩み寄る。スペインのすばらしい習慣。抱擁とベソ(キス)。
私は挨拶がわりにルイスの体を抱きしめながら、両頬に一つずつ、ぎゅっと唇を押し付けた。そして、彼の胸にそっと頭をあずける。
こういうことが許されるのも、スペインならでは。親しい者の間では当たり前にくり返されるボディランゲージ。
「大丈夫?」
「会いたかった」
「さみしかった」
「安心して」
「愛してる」・・・
それを、言葉でなく、体温や腕の強さ、手のひらで伝え合うスペインの暮らし。私はこの風習に感謝した。
痩せたルイスの顔、体を抱きかかえながら、とてもかける言葉など浮かばなかった。ただ、大切に思っている。それだけ。
「プリンセサ・・・うれしいよ」
ルイスの顔に、いつもの笑顔が広がる。それから滞在中の三日間、私はルイスを
「笑顔にする」
ことに決めた。徹底して。
「なんて行動的なお姫様なんだろう」
「ウイスキーちゃんと用意して待っててくれた?」
ルイスの表情がうれしそうにゆるむ。彼の大好きなユーモア。
薬でぼんやりしている時もあるが、それ以外は信じられないくらいはっきりとした意識で受け答えをしてくれる。
生涯、ドクターだったルイス。それも執刀医。メスを握り続けた人生だった。 昨年ガンを患い、それから化学療法が始まりずっと治療中だった。
私たちはいろいろな話をした。思い出話、これまでのこと、そして今現在のこと、そしてこれからのこと。
ルイスは医者なので、これから自分の待ち受けている状態を明確に知っていた。だから家族を呼び集めて自分の意志、つまり
「どういうふうに最期を迎えるのか」
を明らかにしたいと言った。
そのために私たちは集まったのだ。ルイスの意思を聞き届けるために。そして、それを実行に移すために。
そのことは、マリから電話で聞かされていた。だから、飛行機で飛んでいったのだ。残された数日間のために。
私を娘のようにかわいがってくれたルイス。彼には、息子さんが五人いる。奥さんであるマリも看病に忙しくて、食事を作っている暇がない。
私は今回の滞在中
「みんなの食事を作る」
つもりでいた。私自身べラの看病をしていた時、一番困ったのは
「自分の食べる食事が用意できない」
「食べる時間がない」
「ベッドのそばから離れられない」
ことだった。
通った道だから、わかることがある。私はマリに断りを入れて、まずは冷蔵庫の整理から始めることにした。
賞味期限切れのものは捨てる。まだ使えそうな野菜はすべてスープにする。そしてスーパーへ食料品の買い出しへ。
マリと息子さんの6人分。昼食と夕食だから、かなりの量。
「野菜スープ、豚肉の煮込み、アスパラとマッシュルームのパスタ、サラダ、豚肉のソテー」
緊迫した空気の中で、息子さんたちがぞろぞろとキッチンに集まって来る。
「いい匂いだなぁ」
「お腹空いた・・・」
こんな時に、ではあるが、あえてビールやワインも用意した。私自身、経験で知っているが
「息もできないような強烈なテンション」
の中でアルコールは、いつも飲みつけている人には緊張をほぐす効果がある。
最後のソースまで、パンでふきとって食べてくれる。その食欲旺盛な彼らの姿を眺めながら、本当にうれしくなった。自分にできることがある。役に立てる。
不思議なことに、笑顔や冗談まで食卓にのぼるのだった。この辛い状況の中で。食事ってすごいな。料理を一緒に囲むって。
唯一の誤算は「量」。息子さん5人って、すごい量なのだ。フライパン、鍋はすべてからっぽ。後から食べようと思っていた私は、やむなくサンドイッチ(笑)。
そして!信じられないことに、それまでヨーグルトとフルーツしか食べなかったルイスが
「プリンセサの作った野菜スープなら食べるよ!」
と、ベッドから起き上がってくれたのだった。
小さなカップ一杯、時間をかけて飲んでくれたルイス。彼の背中を支えながら、涙があふれて仕方なかった。
「おいしいよ、プリンセサ。ありがとう」
私こそ。ありがとう。飲んでくれて。私へのプレゼントだね。言葉の代わりに、ルイスの背中と足をマッサージ。
「日本式マッサージなんて、お父さんいいねぇ」
息子さんたちにはやされながら、目を閉じるルイス。
「気持ちいいなぁ」
その後、台所でうたた寝するマリにもマッサージ。
「なんだか、働きに来たみたいだね」
「できることがあってうれしいよ」
マリと二人、そっとワイングラスを重ねる。
「フェリス・クンプレアニョス」
こんな日に、誕生日を迎えるマリ。でも、家族一緒に迎える誕生日だ。それがどんな形であろうと。
(明日に続く)
涙が落ちます ももさんが経験されてきたこと 出会って築き上げてきた友情 信頼 そして誰もがいつか迎えること 自分だっらた。。。
なぜかそんなことを考え 胸がいっぱいに
Sさんの正直な気持ち、文面から伝わってきました。
温かな言葉に元気づけられました。
ありがとうございます。