もち運び用の、わたしの電子ピアノは、数年の激務に耐えている。
スペインの、マラガの長~い夏を
「中庭で」「プールサイドで」「屋外レストランで」弾くために
あっちこっちに連れていかれ、
あらゆる暑さ、寒さはもちろん、
熱風、乾燥、湿気などあらゆる気候条件の中での
過酷連続労働に耐えねばならない。
それは、電子ピアノに取り付けられる「楽譜たて」も同じことで
毎回「つけて取って」「取ってつけて」をくりかえすうち
「ゴン」「バキッ」「ボン」「めりっ」などのあらゆる衝撃が加えられ
ある日いよいよ、
「バキッ!」
と、割れてしまう。プラスチック製なのだが、
製造元はまさか、こんな過酷労働が、
わが社の電子ピアノおよび楽譜たてに起こっていようとは
思ってもいないにちがいない。
「ああ~、3年間ありがとう・・・」
合掌しながら、おつかれさん、とそっとねぎらう。
思えば、激務の連続だった。かわいそうに。
ふつうの家の、お子様のピアノレッスン用に購入されていたら
きっと冷暖房完備のリビングで、のんびり余生を送れたであろう。
が、こんなわたしといっしょになったばかりに・・・
「でも、楽しかったよね!」
たとえ短くとも、プロのピアノストと戦場を転々とした
傷だらけの楽譜たては、きっと「楽譜たて冥利」につきる、のだ。
そう思って、わたしも17年前、日本から出てきた。
短くとも、ぼろぼろでも、アーティストとして生きる、と決めて。
そんなわたしと、3年間いっしょにいてくれてありがとう。
「とうとう、割れちゃったね」
べラが、楽譜たてをそっと手にとる。
「引退だね」
心のこもったべラの言葉で、それは花道になった。
とりあえず、すぐに新しい楽譜たてが必要だったので
家にあった「板」で、べラが作ってくれた。そして
「この子は、ちょっとやそっとじゃ割れないよ」
と、新しいメンバーを紹介した。
(明日につづく)