昨年の展示会で出会ったAさんは、私の拙い絵を「元気が出るわ」とおっしゃって数点買ってくださった。
はっきりと物事を言葉にするAさんが今年
「今回の絵は青一色なのね。いつものあなたらしい色がいっぱいの、あのパワーがちょっと感じられないかな」
と、さみしそうに言った。もちろんそれは好きずき、とも言える。あるいは今回はこういう方向性、スタイルだとも。
でも。私はAさんの笑顔を見たかった。私の絵を見て元気になってほしかった。
ただそれだけで、月曜日の朝ホテルを出ると、開店と同時に矢場町のパルコへ駆け込んだ。
「絵の具と筆とキャンバス地」を買うために。あっという間に2万円が飛んでいった。その足でギャラリーへ向かうと、朝食も忘れてすぐに描き出した。
「Aさんが寄ってくれるかもしれない。その時までに作品を仕上げておきたい」
ただそれだけだった。私の色を、エネルギーを、Aさんにどうしても届けたい。
展示会開催中に「新しい絵を描く」なんて、普通ならありえない。それもギャラリー会場で。お客様がみえたら「絵の具のついた手で」アテンドするのだろうか。
もちろんそういうことは「何も考えていない」からできるのだろう。が、案の定、お客様がみえた時、私は絵を描くために靴を脱いで裸足でペタペタと歩き回っていた。
絵の具が乾かないと次の色を重ねていけないので、5作品を同時進行。時間差で描き進めていく(写真)。
朝食はもちろん、昼食も食べていない。その時であった。オーナーのみゆきさんから「天むす」の差し入れが。おいしいー(涙)ありがとうございました。
そして翌日。火曜日も朝9時からギャラリーへ直行。ひたすら絵を描き続ける。
「もしかしたら、もう一度Aさんがギャラリーに寄ってくれるかもしれない」
ただそれだけで。そして。完成した絵を額に入れて飾った瞬間。
「こんにちは。また来ました」
玄関のドアを開けたのは、汗びっしょりのAさんだった。私たちはお茶を飲み、バチャータを手を取り合って踊り、おしゃべりに花を咲かせた。
「あら、新しい絵。どうして展示しなかったの?」
「Aさんに見てほしくて、昨日と今日で描きました」
いきさつを語ると、Aさんは笑顔でなく驚きの表情を浮かべ、一言ぽつり。
「あなたって、素直ねぇ」
そして。次の瞬間、大笑いしてくれた。これが私の見たかったもの。このために、私は描いたのだ。
「でもあなた、私がこうしてギャラリーに来なかったらどうしたの?」
「そこまで、考えてませんでした」
やっぱり作品の説明も忘れ、私は笑顔のAさんとひたすらおしゃべりをした。
アートは手段。人と人とを結ぶ。そしてギャラリーは出会いと再会、笑顔を分かち合う場所。
「買わせていただくわね」
Aさんは、絵の具が乾いたばかりの絵を、そっと胸の前で抱えた。その姿を通りで見送りながら、涙が出そうになった。
(あさってに続く)