【一日一作プロジェクト】バッグアート「命の遊舞(ゆうまい)」を作った。朝から手続きに出かけ、家に戻ったら午後3時。2日連続。
「お腹すいたーーーっ」
冷蔵庫を開け、5分で食べられるものをセレクト。
「スモークサーモン、オムレツ、トマト。それから・・・」
私の目が、ある一点で釘づけに。「茹でニンジン&茹でブロッコリー」。栄養も彩りも文句なし。問題はこの品々
「オウム用の食料」
同じくお腹ペコペコのオウムが、うろうろ調理台を歩き回る。鍋に頭を突っ込み、ボールをのぞき
「ランチはどうなったのだ!」
と、その目と態度は言っている。そのオウムのランチを半分、頂戴しようと言うのだ。
「一緒に分け合おうね」
熱湯で温め直し、はふはふ言いながら私たちは豪快に食べた。頭を突き合わせて。あっという間に消えてなくなった茹で野菜の皿を
「じっ」
と眺め、それから私の顔を見上げるオウム。だよね。これでもう「デザートのフルーツ」じゃ、少ないよね。
「何かあったかなぁ」
ものすごい睡魔が襲ってくる。なんという疲労感。慣れない手続きやオンライン作業で神経を使い、さらに5時間連続マスク着用でぐったり。
「ナッツとヨーグルトで許して〜」
夕食に挽回しよう。これが絵やコラージュ、文章や編曲なら「朝から夜までぶっ続けで1週間」でも平気なのに。ってか
「ほぼ快楽、歓喜」
なのだから、人間とは不思議なものだ。つくづく思うが
「好きなことをやる時のパワー」
は、ほぼ無限。命は炎の如く燃え上がる。少なくとも昨日、今日の2日間は、免疫力めちゃ下がった(←自覚)。
「命の遊舞(ゆうまい)」
命が遊び、舞い上がる。色と形に、まず私が元気をもらっている。作りながら、命を吹き込みながら、逆に命を注ぎ込まれる不思議。
「永遠のサイクル(循環)」
早く自分の居場所に、戻りたい。人には「居場所」が必要なのだ。自分らしくいられる、自分の命をこれでもかと注ぎ込める
「情熱と平穏に満ちた場所」
が。明日から「一日一作プロジェクト」も7ヶ月目に突入。思いを、祈りを、毎日形にしていこう。