【一日一作プロジェクト】2022年の作品を紹介中。「手続き問題・23」。クリニックへ行く前日。ココと一緒にいられる最後の日。
「朝から晩まで、部屋で一緒に過ごす」
このまま時が止まってしまえばいい。いや、この手で、時を止めてしまいたい。と思う。政府を相手に、終わりの見えない書類や手続きをするのにも、居場所がない流浪の民ライフにも、疲れた。
「このまま、消えてしまいたい」
私が初めておぼえた感覚だった。この世のどこにも居場所がない。誰も、どこも、私たちを受け入れてくれない。その時、ふと思った。この世を捨てようとする人たちは
「死にたいのでなく、消えてしまいたいのではないか」
消える方法を探して、それしか方法がなかった。私には守るものがあり、闘いを放棄することはできない。それでも、息をひそめて2人で暮らせる場所があるのなら、そこに身を隠してひっそり生きていきたい、とさえ思う。
「ほーら、こんなにたくさんあるよ」「ひゅいっ」
床いっぱいにおもちゃを広げて見せる。ひとつひとつに思いを込めて。「一緒にいるよ」「そばにいるよ」「あなたのことを想っているよ」「ちゃんとご飯食べるんだよ」「元気でいるんだよ」。
「このおもちゃと全て遊んだら、迎えに来るよ」
ココは黙って、私の顔を見つめ返す。こんな時が、前にもあった。何十というおもちゃを、私が用意しているのを見たことが。そして、
「お母さんはいなくなった」
袋いっぱいのおもちゃだけを残して。あの時と同じ。そんな顔を、ココはしていた。別れの予感を感じ取って、急に聞き分けがよくなる。もっと、噛んだり壊したりしていい。私のことを責めて怒っていい。
「ふがいないお母さんでごめん」
ココは自分のテリトリーである引き出しにとまり、私を見つめ返す。うれしい時にするレモン型の目で。
「信じてる。また迎えに来てくれるよね。一緒に暮らせるよね」
信じられている。その揺らぎのない信頼感が、私をどん底に突き落とし、それと同時に、どんな敵にも立ち向かう猛者にもする。なんとしても、やる。一択。どれだけ疲弊しても、尽きることない勇気や情熱は、
「立ち向かうことであふれてくる」
のだ。ココが大好きな引き出しで遊ぶのも、今日が最後。明日の昼、マンションを出たら、もう2度とここに戻ることはない(かじってボロボロにし始めたので、早いうちにハビ吉に買い取らせてもらった)。
「日常の、なんというすばらしさ」
あたりまえに続くかのような毎日を、突然断ち切る「別れ」。別れほど辛いことが、この世にあるだろうか。ココをそっと両手で抱きしめる。私は何度、失えばいいのだろう。
「テ・キエロ・ムーチョ」
愛している。この言葉を、涙を流しながら伝えるのは、これで最後にしたい。(つづく)