【一日一作プロジェクト】「命パーツ」を作った。「手続き問題・38」。2023年6月に申請を開始した「衛生証明書」がついに発行された。
「1年がかりで」
ここまで本当に長かった。幸運の女神は私たちに微笑んだ。少なくとも、スペインの女神は。さっそく衛生証明書を日本政府にメールで送り、内容を確認してもらう。
「基本的にまちがいはない」
はず。動物輸出入業者とドクターが、その場で内容を確認しているし、なにしろスペイン政府の公の文書なのだ。内容にまちがいなしとして、しっかり印証も押されている。ところが、日本政府の返事は信じられないものだった。
「○○番号が足りない。やり直し」
詳しくはここで書かないが、たとえその番号が記載されていなくても、そのベースとなる国際的な番号が記されているので、手続き上問題はない。すぐスペイン関係者に連絡を入れるも、スペイン側としては
「いったい何が問題なのかわからない」「ので、書き直す必要もなし」
動物輸出入業者のMさんも「そんな細かな番号まで記載したことはありません」と即答。目の前が暗くなる。スペインと違い、日本はマニュアル社会なのだ。日本側はあくまで、
「マニュアル通りに全てを記載する」
ことを要求する。またしても2国間問題。もう「政府同士で直接話をつけてください」と言いたくなる。修正箇所がたとえ「番号の追加」だけであっても、動物輸出入業者や獣医がちゃちゃっと書き足すわけにはいかない。まずはスペイン政府に修正の申請。さらに、
「修正を入れた人の名前、サインまで必要」
と、日本政府の要求は厳しい。しかし。そんなことをやっていたら「衛生証明書」の有効期限の10日間が過ぎてしまう。すでに2日経過しているのだ。そして。2日後には、
「ココを飛行機に乗せなくてはならない」
衛生証明書の有効期限が切れる前に、カタール経由で日本入国できるよう、すべて計画的に手配されている。これから書類の修正などしていたら、
「カタール航空のチケットもキャンセルしなくてはならない」
さらに。ようやく「入国許可」をもらった羽田空港の動物検疫所とカタールの動物検疫所へ、許可の変更と新しい書類の手続きをしなくてはならない。たかが「鳥1羽」といえども、実にたくさんの方々が動いているのだ。
「この衛生証明書を受け入れてもらうしかない」
そのためには、私がなんとかするしか。できなければ、あまりに多くの時間、お金、エネルギーを失う。スペインチームの意欲さえも。悲しみと怒りを腹の底に抑え込み、日本政府へメールを書くことにした。
「ここまで1年かけて、ようやくこの日を迎えられたこと」「書類の不備ではなく、記載方法の違いであること」「2日後にココを飛行機に乗せる手はずになっていること」「鳥インフルエンザが発生する前に一刻を争って動かねばならないこと」
書きながら、涙があふれてきた。ただ、私たちは一緒にいたいだけ。どれだけ「ノー」と言われても、何度絶望に突き落とされても「必ず一緒になれる」と信じて、ここまで来たのだ。それを、最後の最後で・・・
「どうか私たちの希望を打ち砕かないでください。お願いします」
それが、私の正直な気持ちだった。1%、いや0,1%の可能性にかけて、メールの送信ボタンを押す。人事を尽くして天命を待つ。やれることは、全てやった。これから先のことは、もう天が決める。
数時間後、返信メールが届いた。結果から言うと、いくつかの政府機関が話し合い、今回の事情と条件をかんがみて、
「特別措置として、現行の衛生証明書で入国を許可します」
あぁあ。ついに。ついに。ついに。扉は開かれた。日本政府は、ココの入国を許可したのだ。最後の書類が、ついに通った。
「101回目のノーを、イエスにかえた」
へたへたとその場にしゃがみ込む。この道は、なんと険しく障害だらけなのか。心を動かしてくださった方々に感謝。冷たく「ノー」と言い放つこともできたろうに。たえず窮地に追い込まれ続けたせいで、私の中に武将が生まれた。
「なんとしても、この戦に勝つ」
その静かに青く燃える炎は、どんな時も私の中にある。そして。希望と絶望のジェットコースターは、まだまだ続くのだった。(明日に続く)
[作品紹介]悲しみと怒りで、創作することができず、力いっぱい握り潰した粘土、そのままを作品に(2024年春)。