夜中、不思議な物音で目が覚めた。わたしたちのテントの周りをヒタヒタと歩き回る不気味な足音、いったい誰が、何が、歩き回っているんだ?
その足音はテントのそばでしたかと思うと遠のき、いなくなったと思うと突然現れる、
という具合で、30分も続いた。
わたしたちは意を決して、キャンプ野郎(ベラ)は斧を手に、わたしはそこらにあったパイプを
手に、不意討ちをかけようと立ち上がった瞬間、
「ガガガッ、オイイ~ン!」
低いうめき声とともに、何かがテントに体当たりした。
「ひやあ~、生き物だぁ!」
わたしはすっかり動転して、テントの支柱にしがみついていたが、
キャンプ野郎は斧と懐中電灯を手に、飛び出していった。
10分が経過したが、物音ひとつしない。
いったい、何がおこったのか、ベラは無事なのか、謎の生き物の正体は・・・
しばらくすると、キャンプ野郎ががっくり肩を落として帰ってきた。
テントの端にくくりつけてあったゴミ袋を、捨てに行って来たと言う。
「もう大丈夫だよ、ほら、あそこ見てごらん」
おそるおそるテントから這い出すと、数十m先になんと、1mはあろうかという野生のイノシシが。
「明日からはちゃんと、ゴミを捨てよう」
夜中に反省するキャンプ屋郎、それを木陰からじっと見つめるイノシシ。
「きっと、お腹がすいているんだろうなぁ」
しんみりして、眠りにつく。が、このときまさか、このイノシシ(やがて一家になる)の来訪が
このキャンプ場の定例行事であるとは、知るよしもなかった。
翌朝、目が覚めてびっくり。体中が虫刺されでボツボツなのだ。
「ひええ~」
よく見ると、虫刺されには3種類のタイプがある。
「虫刺されの標本みたいだね」
相変わらずのんきなキャンプ野郎。何をするかと思えば、
にんにくを薄切りにして、虫刺されのあとにペタペタと張っていく。
『自然にこそ、すべての治療法が眠っている!』と信じるキャンプ野郎の方針で
もう数年、わたしたちは風邪薬はもちろん、抗生物質にも近づけてもらえない。
裸で、素足で暮らす。
海水につかる、太陽の日差しをあびる。木や動物のそばで暮らす。
くだもの、野菜を食べる。
そう言い切り、実際そう毎日生きているキャンプ野郎。
だいたい脇の下にシューシュー、ってやる芳香剤が、
アロエのネバネバ汁だもんなぁ。
内容はおいといて、『一貫している』ので、文句も言えない。
さて、今日のメイン・イベントは『山の清水、アグアムラス川の天然プールで泳ぐ!』
って、地図を見て自分たちで、1992mのバンデリージャス山から流れ出る川を
見つけよう、ってわけなのだが、観光客ひとりもいないぞぅ。
大丈夫なのか、この林道。急に心細くなってくる。
「モービル(携帯電話)があれば、便利なのにねぇ・・・」
朝の11時ですでに30度近い。
「水、水・・・」と、つぶやきながら30分も行くといきなり視界が開け、
目の前に夢にまで見た『緑色の天然プール』が現れた。
「すごい~!水が透明だぁ~」
「冷た~い!手が切れそう」
飛び込んだものの、水が切れるように冷たく、3分もつかっていられない。
横を見れば、一頭の牛。
「誰の?」
「さぁ、放し飼いだけど・・・」
水の中には、小さなお魚がいっぱい。
はたと気がついたが、
これって、キャンプ野郎の言ってた『理想の生活』そのものじゃあないの?
『裸で、素足で、水につかって、太陽あびて、木や動物のそばで暮らす』って。
「あ~あ、あ~!」
って、うめき声がターザンになってるぞ。
それにしても、なんて贅沢。毎日買ってる『ミネラルウォーター』の中で泳ぐなんて!
2日目のプランは『エリアス川の天然プールで泳ぐ!』って、まぁ川が変わっただけ。
片道10kmのエリアス渓谷を歩きながら、天然プールが現れるたび、
「やややや!」
とTシャツを脱いで、川に飛び込む。このエリアス川も、昨日のアグアムラス川も
この辺りのほとんどの川は、グアルダルキビル川に注いでいる。
アンダルシアの大地を駆け抜けるこの大河は、ここカソーラに生まれ、
ハエン県、コルドバ県、セビージャを貫き、大西洋に流れ込む。
なんと雄大な旅だろう。
その源に、今いるのだ、わたしたち。
「すごい・・・」
くらくらしながら、母なる大河に身をあずけ、ゆっくり目を閉じた。
3日目は『ウテロ峡歩き』
4日目は『トロンコ・デ・ベアス湖畔』をドライブ、と
結局、ベラのボロボロルノーは全行程900kmを走破。
予算の170ユーロで『天然プールで極楽三昧!』は、無事完了した。
帰りに、あずけておいた『オウム』を引き取りに、エルネストの家に寄ると
「グエエエ~、ギャン、ギイィ~!」
と、なつかしいお叫びが、通りにまで聞こえてくる。
「あぁ、せっかくの静寂が・・・」と愚痴るベラを残してドアを開けると、
なんとオウムは、エルネストのママの肩の上に、ぺったりとはりついているではないか!「かわいいわねぇ、もっといてもいいのよ!」
「いいですか?」
間髪入れず言うベラに、足蹴りを入れたのは言うまでもない。