第22話 ピアノを買う

念願のピアノを買うために、私はマラガ市内で一番大きな楽器店に向かった。
一番安いピアノで25万円。もちろん中国製。
25万といえば私の全財産。貯金のすべてだ。
両親が買ってくれた日本製のヤマハのピアノなど高嶺の花。
この楽器店の一番奥で、試し弾きさえ、さえてもらえそうにない。
「ローンもできますよ。」
とは言ってくれるが、それは定職・定収入のある方々の特権である。
定収入があるから社会からも信用されローンが組めるのだ。
今の私はその信用さえ、人柄と人間性で勝ち取る日雇い音楽屋暮らし。

結局、その日は勇気が出ずにあり金全部を懐に抱えたまま家に帰った。

次の朝、意を決し起きたその足で楽器店へ向かった。
「このピアノをください!」

口にしたとたん、体中の血がわっと頭にのぼるような感じがした。
そしていざ払う時、なぜか小学校の修学旅行で行った“清水寺”が
目の前にうかんだ。
「?」意味不明な映像にとまどったもののしばらくしてハッとした。
なんと、そのときの心が“清水の舞台からとびおりる”
であったために、言葉でなく、その映像がうかんだのだ。

「うーーーーん。」
まるで“無意識”“潜在意識”さながらの現象、日本のことわざ、おそるべしである。

さて、トラックに運ばれて待望のピアノがやってきた。
「あーっよかった!エレベーターが大きくて」
運送係のお兄ちゃんはほとんど涙目だ。
「いやぁ、この間ピアノ運んだところ、エレベーターが小さくて人3人が入るのがやっと。
仕方なくマンションの外壁になわをかけて外からピアノをいれたんだよね」
コワイ。このいーかげんなマラガで。
雨が降るだけで信号機はノー・フンシオナ(機能しない)。
町中のポストもノー・フンシオナ。
公衆電話は全くノー・フンシオナのマラガで
そんなことして大丈夫なのか?

さて予め空けられていたスペースにぴかぴか黒く光る新品のピアノが運ばれた。
「ああ!」
うめきながら遠目に近目にピアノを眺める。
「ふうっ」
呼吸を整えてピアノのフタを開ける。
「おーーーっ!」
黒白の美しい鍵盤の並びを見た瞬間、声をあげてしまった。
「あのーいちおう弾いて確認してもらえます?
 それと、ここにサインも。」
最近、ピアノを運ぶたびにおかしなことになるお兄さんは一刻も早く
この場を立ち去りたいようだった。

その日からピアノを好きなだけ弾けるようになった。あんまりうれしくて
毎朝起きるとまず、ピアノを目に映してみる。
「あぁ、私はピアノを持っているんだ!」
「ピアニストになっていけるんだ!」
あんまりうれしくてピアノばかり弾いていたので
数ヶ月たった頃には、おしりに“ピアノだこ”なるものまでできていた。

(第23話につづく)

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「第22話 ピアノを買う」への1件のフィードバック

  1. ホントに欲しい物が自分の手元にきた時の感動。
    またまた読んでるコチラが嬉しくなりました。よかったね、モモさん。

    でも清水寺の映像とは・・・さすが!

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