『マラガ下町コミュニティ』に、次々と暗雲がたちこめてきた。
76話でも書いたが、コントラバスの「エルネスト」が北スペインに、チェロの「ルイス」が音楽屋稼業に見切りをつけ、保険屋に職がえすることになった。
友人の「ダビー」はイギリスに、「ハビー」はドイツに働きに行くことに、
「インマ」は個人でやっていた語学学校が続かなくなり、職探し中。
そして、きわめつきは、画家の「レイナ」がバイク事故であばら骨、腕、足を
折り、リハビリ生活に入ってしまったことだった。
いったい、これは、どうしてしまったのか・・・。
「お供えをして、祈ろう!」
わたしはさっそく、近所の八百屋に走ると、袋いっぱいのくだものを買い込み、うちの『聖台』に、お供えすることにした。
「どうか、一刻も早く、このマラガ下町コミュニティから暗雲が立ち去ってくれますように!」
これを聞いたベラの友人、マエストロ・ミゲル(ミゲル師匠)は、本職が祈祷および厄払いなので、眉の根をよせると
「うう~ん、くだものだけじゃあねぇ。やっぱり『血の捧げもの』をしないと」
と、恐ろしいことを言ってくださるので、これは、なんとしても自力で、暗雲を、
立ち去らせるしかない!と、ひそかに心に決めた。
だいたい祈って、かなえてもらおうとするところが、まちがっているのだ。
そんな暇があったら、自らの肉体を動かせ!特訓だ!
わたしは両手をあわせると、山盛りになりすぎて『特価・一かご100円』みたいになってしまった『捧げもの』に向かって、何十回と
「成せばなるっ!」
を唱えた。この聖台、壁に向かっておかれているので、後ろから見ると、
『異様な光景』だとベラが訴える。
「壁に向かって、ぶつぶつ言って・・・こわいよ。宗教センターみたい。それも、
この極彩色のデコレーションの中で」
事実なので、黙っていると
「僕、出かけてくる」
そう言うなり、3階の住むお隣さん「ブービー」と、海に行ってしまった。
泳ぐのかと思いきや、今日のプランは
『ゴムボートで魚の養殖所に近づき、魚つり』したあと、
『浜辺を金属探知機を持って歩き、お宝を発見』って、あなたたち!
もう、あきれて言葉も出ない。とりあえず、
「夕食のお魚、お願いね」
と、いい年の大人二人を見送るが、ゴムボートを背負ってのろのろと去って行く『亀』のような二人を見ていると、こっちの方が『異様な光景』だ。
さて、マラガの巨大ショッピングセンター「プラサ・マジョール」で、週に3回の演奏が始まった。
屋外に設けられたステージで、45分を2回。そう、サッカーと同じ。間に15分の休憩が入るとこまで、おんなじ。
それにしても、マラガ人のこの『参加精神』、生まれ持った『人生謳歌精神』は、なんなんだろう。
ライブが始まる1時間前から、ステージ周辺に勝手に集まって、わいわい、だらだら。しゃべったり踊ったり。
「すみませんが、ちょっと静かにしてください」
と、言わないと音源チェックもできない『盛り上がり様』。つくづく思うが、マラゲーニョス(マラガ人)って、なんてイベント向きの人たちなんだろう。
何もなくても、一人でに勝手に、自分で盛り上がる。だからここマラガでは、
司会者は盛り上げるためでなく、
「静かにしてください」と、人々を黙らせるためにあるのだった。
演奏が始まると、更に人々が集まってくる。
「うおお~」「音楽やってるーっ」「早く、早く!」
『世界の名曲コンサート』と、看板に書かれているので、いろんなジャンルの
曲を、幅広い年齢層をカバーできるよう次々と弾いていく。
そのとき、45歳くらいの男性が人ごみをかき分けてち近づいてくると、
「あの、『ポル・ウナ・カベサ』ってタンゴの曲、弾けますか?」
「いいですよ」
「あっ、じゃあ、あさってお願いします。あさっても弾くんですよね」
「はい」
「実は、僕の母の大好きな曲なんです。ぜひ、聞かせてあげたいので。
あさって連れてきます!」
「本当に来るかなぁ」
「どうかなぁ・・・」
わたしは、たぶん「ノー」だと思った。が、男性のけんめいな表情が、妙に心に残った。
かくして、その日はやってきた。いつものようにわたしたちが演奏していると、一人の男性が人ごみの中から、大声で叫んだ。
「母を連れて来ました!よろしくお願いします!」
みんないっせいに、男性とお母さんを見つめる。何百という視線をいっせいに浴びても、二人はまったく平気。それどころか、うれしそうに手を振りながら、目をきらきらと輝かせ、舞台前へ近づいてくる。
自然に人々が場所をあける。好奇の視線の中、二人はまっすぐステージすそにたどり着いた。
「タンゴ、聴きにきました。よろしくお願いします」
お母さんは、はにかむように言った。
「次は『ポル・ウナ・カベサ』、お母さんに贈ります!」
壇上で、ベラがお母さんに向かって、手を差し出す。珍しくお客さんは、静かになった。夜空の下、哀愁あるタンゴのメロディが、流れ出す。
スペインでタンゴファンというと、たいてい60歳から上である。騒がしかった会場に、息をつめるような数分間が流れた。演奏が終わるや、
「うわあ!」
と、観客はわたしたちでなく、男性とお母さんに向かって拍手した。
人の輪の中で、二人はしばらくたたずんでいたが、再び演奏が始まると、
静かに消えていった。
名前も知らない、お母さんと息子さん。
出会いというにはあまりに一瞬の。でもわたしは一生忘れない。
息子さんの思いやり、お母さんの息をつめて舞台を見守る顔、
そして、数百人のマラガ人を、一瞬にして黙らせてしまった、
あの不思議な3分間の、『聖なる瞬間』のことを。
自宅近くにイオンモールがあり、セントラルコートというちょっとした空間で、よくミニコンサートが開かれてます。それを見かけるたびに、ももちゃんもこんな感じで演奏してるのかなぁなんて思うのですが、マラガ人のように盛り上がることは皆無ですねぇ。そんなマラガ人だからこその、母子エピソードなのかも。お行儀よく静かに曲をきいている日本じゃなかなかあり得ない気がする。
日本人は『お行儀がいい』ですからね。
スペイン人には、基本的にない概念。
だから子どもも大人も、たいへんお行儀がわるい。
でも、あえて言うなら
「行儀はいいが、エネルギー低い・・・」より
「行儀はわるいが、エネルギー高い!」方が
スペイン人は、好きなのですね。
あっ、でもこれ、今思い出しましたが、あの懐かしのCM
「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい!」
そのものじゃないですか。うわ~。