日本へ到着し
その足で病院へ駆けつけると
母はベッドで眠っていた。

「お母さん」
と呼びかけると
目を開けて
私をしっかりと見つめ返した。
言葉ははっきりしないが
意識はまだしっかりしている。

手を握りしめると、熱い。
熱があるのだ。
でも、母に会うことができた。
その安心感で
腰がくだけそうになった。

丸２日間
一睡もしていなかったが
疲れなど、まるでない。
８時間の時差でふつう
ふらふらするすのだが
それくらい、気が張っているのだろう。

「母に会えますように！」
その願い、祈りに
私の体と心が貫かれていたので
時間や肉体などここ数日
忘れていたのだった。

日本に着いたその夜に
担当主治医が話し合いの場を
持ってくれたので
私はしたかった質問のすべてを
することができた。
そして、母本人と私たち家族の
希望のすべてを告げた。

「延命」より「痛みを取る」ことを
第一とすること。
痛みをとるためにモルヒネの量が増え
そのためにこん睡状態に陥っても
かまわなこと。
本人が楽であること。

呼吸困難などの苦痛は最小限、
数日以内であること。
意識がなくなってからの延命は
基本的にしないこと。
（血圧を維持する点滴、
酸素注入などによる長期延命）

私はスペインでのベラの話をした。
スペインの緩和ケアのこと
モルヒネの投与
セダンテーション（鎮静剤投与）のこと。

そして「延命」は
ある時期までは「延命」であるが
ある時期からは
「延苦痛」になること。

そのことをベラを通して
痛いほどわかっていたので
「延命から延苦痛に変わる瞬間」を
私は自分の目で見定め
父と共に決めたいと思った。
医療器械が決めるのではない。

愛する者のために
残された者ができること。
それは
「ここまで。おつかれさま。もう楽になってね」
と、終わりの一線を
引くことでもあると思う。

「これ以上、もう絶対に
無駄な苦しみを与えない！」
そう思う瞬間が
つきそっていれば、必ずある。

その怒りにも似た深い愛情に
私は支えられ
しっかりと立っていることができた。
私を生み、育ててくれた
これまでがんばって生きてきた母への
感謝の気持ち。
それこそが、私を支えた。

緊急入院をして
２週間あまりで
母は亡くなった。

心臓が止まり、呼吸が止まった瞬間
私の全身に去来したのは
「よかったね、これで楽になれたね」
という思いだった。
泣きながら、同時にうれしくなった。

それは３か月前
ベラが自宅で息を引き取ったときと
まったく同じ気持ちだった。

通夜、告別式は
母の希望で
「家族葬」で行われた。

小さなお葬式。
でも会場に「思い出コーナー」を
作らせてもらえることがわかり
私は通夜までの３時間
家中のアルバムを引っくり返して
「思い出ボード」を作った。

それは、ベラのために
「バイキング式葬送」の準備を
していた時を思い出させた。
旅立ちの準備。

私は母のために
「最高の思い出コーナーを作ろう！」
と、心に決めた。

（明日につづく）

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