第88話 ムシカラバナに出発!

いよいよ、マラガ~バルセロナ北上計画『ムシカラバナ』の始まりである。
音楽機材、食料、釣り道具、そして忘れてならない、いただきものの携帯トイレまで乗せて、いざ出発!
マラガから海岸線を通ってひたすら東へ。

もちろん冷房などというものはないので、窓を全開にして進む。ギジェルモに作ってもらった『ムシカラバナ』ロゴ入りTシャツに身を包み、潮風に吹かれながら・・・
って、これだけ聞けばすばらしいバケーションなのだが、
さっそく初日から、問題がもちあがる。

「暑いよ~!」
「ぐええ~、気持ち悪い・・・」
日中は30~40度の熱風、というのはアンダルシアではあたりまえであるが、それにしても暑い。暑すぎる。
2時間もすると気持ち悪くなってきて、木陰に車をとめて休む。

「まだ、モトリルだけど」
って、名古屋と豊橋くらいの距離で、すでにぐったり。
そんなに今日、暑かったっけ?
そのときベラが声を上げた。
「うわぁっ、この車、暖房が入ってる!」
「ええっ、暖房?」
「だから熱いんだよ。ほら、足元から暖房が吹き出してる!」
「切れないの?」
「今やってるけど、無理みたい・・・」
「じゃ、わたしたちこれから『魔のムルシア街道』にさしかかるのに、暖房つきなの?」
「そういうことになるね」
結局1日目は、マラガから100キロも行かない道路で宿泊。
とりあえず、海で泳ぎ、夕日を眺めながら夕食することはできた。

さて、2日目の目的地は『カボ・デ・ガタ』。
アルメリア県にある有名な岬で、地中海に突き出すように位置した国定公園である。
手元にあるガイド本の写真を見ると、
「おお~っ!」
手つかずの野性味あふれる海岸線がむきだしになってどこまでも続いている。
「やっと、人ごみから脱出できる!」
と、『ゴムボート人ごみ脱出作戦』に失敗していたベラは、大きな期待を抱いた。
夕日を受けて輝く浜辺の写真、それは、明らかにわれらが『エル・パロ』の、芋の子を洗う・・・のとは、ちがっていた。

アルメリアへと続く幹線道路は渋滞もなく、順調に流れていた。が、問題は、よそ様ではなく『わたしたち』に方なのだった。
「パッパー!」
「プップー!」
「眠ってんのかよ~」
クラクションや罵声を浴びながら、わたしたちのキャンピングカーは、のろのろと進んだ。
2車線ある道路はまだいいが、1車線のときは後ろに長蛇の列ができ、地獄であった。ときどき車を端にとめ、
「どうぞ、みなさんお先に行ってください」
をくりかえすのだが、そのときわたしたちをにらみつけるようにして追い抜いて行く運転手の形相。
「無理もないよ」
ベラがため息をつく。2日目にして、この車の最高速度が時速40キロであることを、知ったのだった。

さて、やっとの思いで、カボ・デ・ガタに到着。
これで、人ごみ脱出!と、意気込んで岬の先端に近づいて行く。が、
「いったい、これは・・・」

夏休みということもあって(9月10日前後まで南スペインは夏休み)、行っても行っても人だらけ。
最後には、車で進めなくなる賑わいで、完全に観光地化しているのだった。

「あの写真、20年前のじゃないの?」
「真冬に撮ったとか・・・」
われらがエル・パロの浜辺よりも、もっと大賑わい。車をとめる場所もない人口過密状態にすっかり疲れ、
わたしたちは、カボ・デ・ガタ宿泊計画を急きょ変更。このまま先を続けることにした。

バルセロナは遠い。一向に近くならない。
灼熱のムルシア街道を、のろのろと走りながら、今夜の宿泊先を探す。
本当は、宿泊先として『キャンプ場』を想定していたのだが、この2日の体験で、
夏休みのキャンプ場は子どもがいっぱいでうるさいこと。
さらに、人気の少ない海で泳ぎ、夕食をとったあと8時すぎてキャンプ場にたどり着くと、
もう真っ暗で、何も見えないのであった。
そういった2日間の経験から、わたしたちが引き出した結論は、『宿泊先はガソリンスタンド』であった。

今まで気づきもしなかったが、街道ぞいには、トラックの運ちゃんたちが夜を過ごすための大きめの24時間営業のガソリンスタンドが、十数キロおきにあるのだった。
「なるほど~」
わたしたちは走りながら、目を皿にようにして『トラックのとまっているガソリンスタンド』を探し続けた。
「あった~!」
料金所から少し離れたところに、数台のトラックを発見。

「まちがいなし!」
人間、生きのびるためには嗅覚がするどくなる。そして、学びのスピードが日常生活の数倍にアップする。

「ブエナス・タルデ~ス」
「オラ!コモ・エスタス」
トラックの運ちゃんに挨拶をしながら、その端っこに入れてもらう。
旅のみそらである彼らは、同じ旅人のわたしたちにも、やさしかった。
「どこまで行くの?」
「バルセロナまで」
地図を見ながら道路状態なんかも教えてくれる。お店で買ってきた冷たい缶ビールで
「サルー!(乾杯)」
「気をつけて」
夕食の準備をしていると、どこからか野良猫たちが集まってきた。それも、1,2,3,・・・6匹。
「あ~あ~赤ちゃんまでいる!」
あわててお店に牛乳を買いに走る。それにしても、不思議な夕食の図だ。

「運ちゃんと、野良猫たち」
車の横に折りたたみのテーブルと椅子を出して、ディナー会場にすると
わたしたちは涼しくなるまで、旅の話に花を咲かせた。

名前しか知らない。たぶん、もう二度と会うことはないだろう、運ちゃんと野良猫たち。
なんだか不思議な気分。人生、って出会いと別れの連続なんだ、としみじみ思う。
このとき、はじめて『ガソリンスタンド泊』でよかったと思った。
キャンプ場じゃないので『シャワー』はないが、5リットルのミネラルウォーターのボトルを逆さまにして、
お互いがシャワーになればよい。

「ムシカラバナ」の真髄は、きっとこういうことなのだ。
キャンプ場にいたら、こうした出会いは、けして生まれなかったにちがいない。
深い感動と眠りに包まれて、2日目に夜は過ぎていく。
さあ、明日は、いよいよバレンシアだ。


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「第88話 ムシカラバナに出発!」への2件のフィードバック

  1. 暖房onlyの最高速度40kmのキャンピングカーか。辛い。辛すぎる。。。我が家は軟弱なので、1時間経たないうちに、やめてしまう気がする。たくましい旅レポート、この先、楽しみです。

  2. 「軟弱」なのではなく、「常識がある」のですね、きっと。
    わたしも会社員をしていた頃は
    こんなに「野性的」「原始的」ではなかった気がします。

    って、自分で思ってるだけなのかなぁ。

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