3年ぶりに帰った日本は驚きに満ちていた。
町も人々の服装も建物も何もかも新しく ぴかぴかと光っていた。
100mおきに自動販売機やコンビニがある。
両親にとっても、3年ぶりに会った娘は驚きに満ちていた。
毎朝、判で押したように決まって納豆を食べる。
「せっかく帰って来たんだからもっと高価なもの食べたら?」
そして夕方は決まって枝豆を食べたので母など
「ハトみたいな子だねぇ。豆ばっかり食べて」
小さな納豆3パックを3つとも開けてご飯にかけたときには、さすがの父も
「そんな風には日本では食べないけどねぇ」
スペイン人の大声、完全腹式呼吸が身につき日本語の発声法も同じ。
「どうしてそんなに大きな声になっちゃったの?」
娘のあまりの変わり様に両親は眉をひそめ
「それじゃ近所みんなに聞こえるよ」
と家の中でもひそひそ声だった。
父がカーマに買い物に行くというのでついて行く。
自動ドアが左右に開く──日本ではあたりまえだけど
基本的にスペインには存在しない。男性が女性にとっては自動ドアだ。
女性である限り何才になろうと扉は開かれるのだ、オ~レ!
「じゃあ、30分後にレジで」
買い物リストを手にした父が行ってしまうと
「はぁ──っ!」
すっかりたまげていた。日本にいた時は気づかなかったが、
スペイン、それもマラガから来ると、この物の豊かさは驚異だ。
なんという商品の数、バリエーションの豊かさ。
「いったいこれは…」
よろよろと商品棚に近寄るが
「おお──」「ふうーん」「へぇー」「ほう」
などとやっているうちに、あっという間に
30分が経ってしまった。
「あれ、まだそこにいるの?
そのペースじゃ一日かかっちゃうよ」
レジを済ませた父は、まだ4列目あたりで
ウロウロしている私を見て気の毒そうに言った。
「そんなに何もないの?スペインって」
確かにバリエーションというものは基本的に存在しない。
ノートだってペンだってせいぜい20種類くらいの中から選ぶだけだし
菓子パンだって店が変わっても種類は同じ。
でも、本当に何もないのはスペインではなく、私の生活だとは、さすがに言えなかった。
食料品スーパーへ移動してまたびっくり
「すごいっ!」
何が、ってお惣菜コーナー
でき合いの料理が無いスペインからみると
日本のお惣菜コーナーはホテルのビュッフェのような華々しさ、
寿司、コロッケ、焼き鳥、お好み焼き、お赤飯、カツ丼…何でもある。
「ああ、みんなに食べさせてやりたいなぁ」
マラガ下町コミュニティの面々を思い出して料理人の私は少し切なくなった。
(第29話につづく)