日本で木田さんにタンゴの“洗礼”を受け、私がやりたいのは
“思い入れたっぷりのピアノ道”だと再確認。
心をタンゴ熱でいっぱいにして1ヶ月ぶりにスペインへ戻った。
1ヶ月ぶりのマラガは何も変わっていなかった。
強烈な太陽の陽射しと青い空、緑色の海。
うちの前のやりかけだった道路工事は1ヶ月前とほとんど変わっていない。
この遅さ。ていうか、この「ノー・フンシオナ(機能しない)」ぶりがマラガなのだが。
ところが1ヶ月前とすっかり変わっていたものもあった。
ベラとチュッピー。
「どうしたの!?」
と聞いてしまうほどその様子は変わっていた。
ベラは5キロ以上痩せてアゴの線がはっきりとして
チュッピーは誰にも頭を掻いてもらえないものだから生え始めのツクツクした毛(羽の元)が
頭からハリネズミのように何本も突き出ていた。
「モモ──!おなかすいた」
「グエ──ッ、ギャンギャン」
と一人と一羽は切実に訴えた。
そうだ、私は音楽屋である前に“料理人”“飼育係”“オウムの母”だったのだ。
「ごめんね。残して行っちゃって、でもお土産買ってきたから」
スーツケースからさっそく取り出す。
中央ヨーロッパ・ジプシー音楽のCD、ベラ用のXXXLサイズの
日本の文字の書かれたTシャツ、料理用の香辛料…
次々とリビングのテーブルに載せていく。その時
「ぐわわわわ…」
と変な音がするので振り返ると
「ああっ!」
ベラが“なごやん”に喰らいついている。
「それは私の!」
と言いかけたが5キロも痩せてしまった人間に向かってさすがにそれは言えなかった。
あわてて、まだ見つかっていない“○○○○”(ピンクとか緑、白の餡が入ったドラ焼。
コンビニで売ってるあれ、何て言うんでしたっけ?うー出てこない…)を
そっと隠す。
とにかくお土産より“食料”なのだと気づいて台所へ走り、
ベラが満足げにパスタとトマトサラダを食べているのを確認しつつ
チュッピーの頭を掻いて、羽掃除を始めた。
日本とスペインの時差は7時間(冬は8時間)なので夕方6時には眠くなった。
「だって、私の体、今、夜中の1時なんだもん」
と訴えるがもともと夜型であるマラガ人に通じるはずもない。
何しろマラガ人ときたら夜9時過ぎに夕食を始め(レストランが開くのが8時半)、
そのあと一杯というと12時、クラブになると2時という超夜型民族。
劇場のコンサートだってサッカーの試合だって始まるのは9時過ぎ
ベビーカーに乗せられた赤ちゃんが夜の11時、12時に夕食を楽しむ両親の横で
居眠りしているというのは、ごく日常的な光景だ。
早く夜型に戻さないと、とても音楽屋稼業はやっていけない。
そのための特効薬といえば我らが“シエスタ(お昼寝)”だ。オ~レ!
そんな時だった。2ヵ月後に催される“セビージャ・タンゴ・フェスティバル”に
私たちタンゴグループが参加できるかもしれないという電話。
「あの有名なセビージャ市の?」半信半疑のメンバーが口をそろえたのは
「それって、タキージャじゃないよね?」
の一言だった。
(第32話につづく)
(momoより)
このブログを読んでくださっている皆さんへ。
私は e-mailアドレスが無く、従ってフェイスブックもツイなんとかも良く分かりません。ですので良かったらこのコメントスペースを使ってメッセージを送ってください。そうすれば読むことができるし、なにより返事を書くことができます。ただの近況報告で構いません。
(momoより)
shinさん、カトウさん、貴久、返事が遅くてごめんなさい。皆さんが書いてくれたところを見てね。