第34話 ベラノフとモモスコバ

「うわぁ──っ」
声にならない叫び声をあげたのはベラだった。ディナーが終り、運ばれてきたデザートはなんと
カートの上1m四方にこれでもかと山積みになったケーキ、フルーツ、花々。
軽く20人分はある。

ロシア男のシャワーから始まり既に3時間が経過している。
ソファに座りくつろいでいる二人のために“お約束”のロシア民謡を
今宵最後のプレゼントとして弾くことにした。
そのとき、突然ロシア男がイスからガバっと立ち上がるとロシア式完全腹式呼吸で
一緒に歌いだした。
曲は、ロシアの心「オチ・チョルニア」だ。
まずい!私たちは青くなった。
今日最後の締めのつもりだったのがロシア男はすっかり気分をよくして
これからまだ20曲くらい歌いそうな勢いだ。
「こ、これで失礼します」
といわんばかりに立ち上がって頭を下げるがもちろん許されるはずもない。
「あ、あの時間が…」
ジェスチャーでさりげなく伝えると
「ふむふむ」
と納得したようにうなづき懐に手を入れると一枚の紙幣をベラの手に握らせた。
「…!」
それは普段のチップとは桁違いの
1万ペセタ札(約8,500円)だった。

私たちの運命は決まった。
今日はここで死ぬまでロシア民謡を弾くことになるのだ。
ベラと私は互いをじっと見つめたまま、今、この瞬間から自分たちが
ベラノフとモモスコバになったことを理解した。

「モスクワの夜」「二つのギター」「トロイカ」「カリンカ」など次々に弾きながら
そのたびにロシア男は立ち上がって大声で歌った。
いまやこのロシア人を満足させるしかこの場から立ち去る方法はなかった。
40分後
「もういいよ、ありがとう」
と言われた時には
「楽しんでいただけましたか」
とへたり込みそうだった。

お客さんの出身国の曲、カップルにはロマンチックな曲。
こうして私たちはリクエストに応えては一生懸命チップを稼いだ。
チップは“小箱”に入れられ積みたてられていった。

「もう片道くらい貯まったかな?」
ベラが小箱を振って重さを確かめる。
チップで実現させようとしていたのはタンゴの本場“ウルグアイ、アルゼンチンへ行くこと!”
本場のタンゴに触れたい。毎日、街でテレビでライブハウスで
演奏されているタンゴに一日中浸って生活してみたい。
そして、その旅はベラにとっては16年ぶりの帰郷、
16年ぶりに祖国の土を踏むことになるのだ。

(第35話につづく)

 

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「第34話 ベラノフとモモスコバ」への3件のフィードバック

  1. いい体験をしたのではなく、いい体験にする。
    ああ、、この言葉は感動だ。

    僕も似た言葉をいつも心にしまってあります。
    「ワザワイテンジテフクトスル!」

    受け身の生活が出来ない不器用な人生だけど、海の向こうで素敵な人生を歩んでいる人がいること。離れていてもこちらも幸せになりました。

    そうそう、僕もアルゼンチンタンゴ大好きです。
    そんなに詳しくありませんが、数年前、某アーティストのツアーのお手伝いをさせていただきました。また観たくなりましたよ。

  2. (momoより)
    shinさん、3月から、また新しい番組が始まるのですね。スペインから応援しています。がんばって!岐阜のカフェテリア、私も行きたかったなあ。もう少し近かったらいいのに・・・。私はこの週末家の壁塗りをしてました。緑と黄色のグラデでとてもきれい!
    春らしいでしょう。momo
    (写真送ってほしいんだけどデジカメないんだよな。ken)

  3. (momoより)
    デジカメはないけど、わたしのカメラ(20年前に買った一眼レフ)まだ動きます。そのうち郵便でこのホル(春?)の壁塗り写真送りますね。momo

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