第42話 CDが先か仕事が先か

ポスティングによるプライベートパーティのお陰で一ヶ月寿命が延び、
再びレストラン、ホテル、クラブ…なんでも片っ端から電話攻勢を開始することにした。
するとウエスティン・ゴルフクラブの担当者。
「よかった、ちょうどミュージシャンを探していたんですよ」
やった!これで夏が迎えられると思った瞬間
「じゃあ、デモのCD送ってください」

日々の演奏、編曲や練習に一生懸命でデモCDなどまるで頭になかった。
「CDを作ろう!」
テラスで日向ぼっこしながら爪を切っていたベラが呆れたように顔を上げた。
「仕事もないのに?」
「仕事がない今、作らなかったらいつ作るのよ。
それに仕事をもらうためにCDを作るんでしょ」

とは言ったもののCDを作るのに、いくらかかるのかもわからない。
さっそく話を聞きに録音スタジオへ。
社長であり録音技術者でもあるトニー氏が温かい笑顔で迎えてくれた。

元プロミュージシャンだったというだけあって話は早いし何より耳がいい。
サンプルを聴きながら打合せをする間、心はすっかり彼で固まっていた。
「この人とCDを作りたい!」

料金を聞く前から心は決まっていたのであとは“いかに安くするか”だけだ。
費用は基本的にスタジオ使用料のこと。
一時間単位で払う。ここにはトイレに行く時間や休憩時間も当然含まれ、
演奏後のチェック、音量音質の調整さらにトニー氏が一人で行う細かいチェック時間まで入る。
プラス、ピアノ調律費、その後のCDプレス費は別料金。
「うむむむむ…」
いったいいくらになるんだろう。
ざっと計算して録音費用とCD制作費用で2ヶ月分の生活費が飛んでいく。
ってことは再び一文無し?さすがに
「本当に衣食住よりもCDなのか?」
という疑問が湧いてくる。

ベラはとっくに計算ができなくなっており
「最悪、CDがあれば通りで弾いて売ることができるよね」
って、そんなことのためにCDを作るのではない!
と思ったが
「僕、この曲CDに入れたいなー。あっそれからこの曲も」
って一生懸命に選んでいるベラを見たら、あんまり不憫で、むむむっと力が湧いてくる。
何としても格安CDを作り仕事を獲得せねば!とひとり線香をあげながら
“成せばなる!”を壁に向かって繰り返すのだった。

そしてトニー氏と2回目の打合せ。単刀直入に切り出した。
「とにかく予算がないのです」
「どれくらいないのですか?」
一瞬の沈黙の後、思い切ってたずねてみた。
「すべての曲を一回弾き、一回録りというのは可能ですか?」
「───!」
眼鏡の奥のトニー氏の目が驚きで見開かれる。
しかし、それ以外に私たちにCDを作る方法はなかった。

(第43話につづく)

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