「私の大好きな曲“月の砂漠”をベラに解ってもらいたい!」
その一心で創作したのは次のような物語だった。
運命に導かれ、悲しみを背負った王子と王女が静かに砂漠を越えていく。
行く手には見渡す限りの砂の丘。振り返っても愛する場所は
はるか遠く、もう二度と帰ることはない。
らくだで渡る砂の海、丘は口を閉ざし、星は目を伏せる。
もう、帰るところのなくなった旅人の背中を沈黙の王はゆっくりと砂漠の
彼方へ押し出す。
砂に落ちるふたつの影、その上には、旅人を見守る大きな月が。
いったいどこまで流れていくのだろう、悲しみを背負って、
二人はどこまで行くのだろう。
「う──っ」
ベラが今までとは明らかに違う反応を見せた。
「なんて日本的!日本の詩っていつも“一枚の絵”
なんだよね。“その瞬間を閉じ込めた”っていう」
ともかく雰囲気は伝わったようだ。
「あの有名な“カエルの歌”思い出したよ」
「カエルの歌って?」
「チャルコ(水溜り)にカエルが飛び込むってやつ」
それは“古池や”のこと?
と言い直そうとしたが
「あのカエルの“チャポン”って音が響くそれだけなんだけど、ああーいいよね」
と感動しているのでそっとしておくことにした。
さて録音当日。
スタジオに入るなり、ほぼ無言で音合わせとウォーミングアップをすませ、
10分後には一曲目を弾きだしていた。
一曲が終ると、すぐ次の曲。
ディナーショーやタンゴショーで90分くらいを一気に弾ききる訓練をしておいたお陰でできた
“一回弾き一回録り”だった。
13曲がすべて終わると息もつかずにトニー氏と間違いがないかチェック。
当然100%満足のいくものというわけではなかったが一発OKを出した。
トマー氏は笑いながら
「すごいね。勇敢だなぁ。みんなここからミスを直して何十時間とかけるんだけどね」
そして最後に握手してこう言って下さった。
「僕の仕事分はおまけしとくよ。早く仕事見つかるといいね。2日でやっとくから
しあさってCD取りに来てよ」
「ムーチャス・グラシアス(どうもありがとうございます)!」
初めて自分たちのCDを手にした時の喜びは忘れられない。
本当にCDを作ったんだ。“衣食住よりもCD”を取ったのだ。
これで一ヶ月以内に仕事が入らなかったら家賃は払えない。
「でも」
あまりにも喜びの方が強かったのでダメならまたポスティングでもやるさ!
お金持ちの家はまだ他にも沢山ある。
という気持ちになっていた。
翌日から電話攻勢に加えデモCD送りを開始した。
そして、2週間後とあるホテルから
「役員会議でCDを聴いて決めるからデモを大至急送って!」
「はい、すぐ送ります」
今回はちゃんと送れる。うれしい!一週間後、返答。
「CD評判良かったよー。4ヶ月の契約決まったからね」
さらに担当者はのたまった。
「二つのレストランで弾いてもらうけどその一つは日本料理店でね。ちょうど
日本の曲が欲しかったとこだったんだよね」
「おお──っ!」
こんなことが本当にあるのか。
月の砂漠よ、ありがとう。
(第45話につづく)