第52話 自己主張と話し好き

日本になく、ヨーロッパにあるものの一つに“政治論争”がある。
何も難しい話をするのではなく個人個人が持っている政治的考え方や立場から
最近起っている世界情勢を話し合うということだ。
これはスポーツやお天気と全く同じレベルで話題となる。
日本は友達同士で、または学校や会社で
こういう話がテーマになることが少ないので最初は戸惑う。
個人主義の発達したヨーロッパではたとえ政治的立場や考え方が違って
激しいディスカッションになっても、
それで友情や関係が断たれることはない。

“政治的意識”が小さい頃から日常的に存在するヨーロッパではデモが盛んだ。
私も何度かマラガのセントロへ仲間とデモ行進に出かけた。
“イスラエルによるパレスチナ侵略反対デモ”
“モロッコによるサハラウィ迫害反対デモ”
さらに“国内官僚による汚職抗議デモ”など
皆、旗やプラカードを持ってマラガのメインストリートを数時間かけて行進する。
その間、何十回、何百回とシュプレヒコール(短い節をつけて抗議のメッセージを叫ぶ)が
繰り返される。
デモ行進をする多くが若者であることに日本との
大きな意識の違いを感じる。若者以外にも
自分の子供達を連れて参加する夫婦や一時滞在中の外国人らしい姿も多い。
「危ないからあんなものには近寄るな」といった
日本的意識とはあまりにかけ離れている。
先日スペイン政府が莫大な予算を防衛費としてつぎ込むことを発表した時、
マラガでも大きなデモが行われた。南スペイン、アンダルシアの
失業率は国内でも一二を争う深刻なものだ。
その時はホテルで演奏があって参加できなかったが
後日ピアノ教室に来るサミーとその両親から
「ももの分も行っといたから!」
と電話があった。

デモに参加したある日、途中から雨に降られながらも行進を完遂した。
雨が降ると「いよいよ秋がきたか」と思う。
年間晴天日270日以上のマラガだから、ちょっと大雨が降っただけで、
それに慣れていないマラガのモノは一気に壊れだす。
まず、信号が止まる。街灯が消える。そして停電。それも3、4時間とかは平気だ。
この間などは、うちのマンションのエレベータが止まり
中で住人が一時間閉じ込められるという事件が起った。
そこで“24時間アクセス”の電話番号にかけたが当然というのか全く繋がらず、
結局、住人同士で力ずくで扉を開け救出したのだった。
「信じられない…」
とエレベータに乗りながら、その話をしていると「ガガタン」という嫌な音とともに
エレベータが止まった。扉はもちろん閉まったまま。
「まさか…」
ベラが手をかけ無理やり扉を開けると
「これはいったい…!」
3階と4階のちょうど真ん中でエレベータは止まっていて
目の高さに4階の床(3階の天井)が横たわっていた。

その日の午後、病院でインフルエンザの予防接種を受ける予定だったから、
エレベータから何とか脱出し病院に駆けつける。
「予防接種、先週で終っちゃったのよ」
と看護婦さん。
「そんなぁ、そこを何とか」
と廊下で必死に頼み込んでいると、隣の診察室のドアが開き
「いいよ、やったげるよ」
「グラシアス!!」
あ~よかったと胸をなでおろしていると先生は注射を私の腕に突き刺しながら
「君、ピアニストだよね~。○○で見たよ。いやぁ
よかったなぁ。僕は“クンパルシタ”が好きでねぇ」
って止まらない。
“注射してから話す”という機能はマラガ人医師には付いていないのだった。

(第53話につづく)

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