イサベル先生のレッスンを始めて2ヶ月を過ぎた頃、何かが変わり始めていた。
暗譜力、耐久力、スピード、音の質が確かに変わり始めたのだ。
スポーツでもそうだが、一旦こつを覚えると階段を
3段飛ばしで上がるように上達する。
私は自分自身にすっかり驚いていた。
この頃には先生も笑顔を見せるようになって
「力の抜き方が上手になってきたわね。手のバランスもずっといい」
私が、らららん♪と鼻歌&スキップで家路をたどっていたその時
通りに張られていた一枚のチラシが目に入った。
“大人のためのピアノレッスン~コード進行、音楽理論、
アドリブ演奏まで。限定20名”
電話番号を控えて家に帰り、新しいレッスンをもうひとつ始めたい
とベラに伝えた。
「えっ、もうひとつやるの?」
「だって応募は今週までなんだよ。私、絶対やってみたい!」
つい1ヶ月前、大泣きしていたのに、とベラの目は言っている。
「ももって“喜怒哀楽”してるか“狂ったように何かやってる”か
どっちかしかないんだね」
オランダ人のケン先生は陽気で楽しく、同時に驚くような知識と情熱を兼ね備えていた。
初日から私はすっかりケン先生の音楽への
姿勢と授業のスピード感、説明の明快さに心を奪われていた。
音楽をクラシックとはまるで違う捉え方をする“コード&ハーモニー”の世界に
自分の新しい世界が広がる予感がした。
二人の先生に付きながら自分でも子供たちにレッスンをするのは
時間的にはかなりハードだった。
ケン先生もゲサと同じことを言った。
「与えるからもらえるんだよ。自分の知っていることを全部
教えてあげるからすっからかんになってまた自分も吸収できるんだ」
ケン先生は、毎週行くたびに
「これ絶対ももの好みだよ!」
とジャズやラテン音楽のピアニストのCDを貸してくれた。
その中の一枚に心を鷲づかみにされた。
ジャズピアニスト、ミシェル・ペトロチアーニ。
彼の音楽に触れ、感動する一方で軽く落ち込んで初めて自分を顧みた。
“私の音楽とは何だろう”
“この音楽のどこに私がいるのだろう”
その問いはやがて
“私とは何だろう”
という問いにつながっていく。
答えは容易にはでなかった。
それ以降数ヶ月、悶々と悩むことになる。そういうトンネルが
なくてはたどり着けない世界があることを知っていたし、
何よりも目先の目標があった。
11月に行うピアノ発表会、そしてマラガ下町コミュニティの新年会だ。
(第60話につづく)