5. とみ子さん、のぶゆきさんに会う!

駅のホームで初対面をした父とべラは、それぞれ
「ムーチョ・グスト(父)」
「はじめまして(べラ)」
と、にこやかに挨拶をした。言語は逆だが、心はひとつ!
「べラです。お世話になります」
「はいはい、疲れたでしょう、べラちゃん」
さっそく、駅前駐車している母のもとへと向かう。

べラが心配していたのは、実は母との対面であった。
自分は年齢がシニアだし、お金持ちじゃないし、てきぱきしていないし・・・
車に近づくたび、ふたたび無口になるべラ。
そのときであった。

「べラちゃん!ここだよ~」
「とみ子さ~ん」
車の横で飛び跳ねている母に、
べラは、母の名を呼びながら近づいていった。
「まあまあ!」
べラを見たとたん、母は仰天の声をあげた。
それはべラがシニアだったからでも、大きかったからでもなく
「Tシャツで日本に来た」からで、あった。

「寒くないの~っ!」
すっかり冬支度の豊橋駅前で、Tシャツ姿はべラだけだった。
「ウルグアイのTシャツです」
と、言ったが聞いてもらえるはずもなく、
「早く!風邪ひくよ~」と、頭を押さえられて車に入れられ
バンっと、勢いよく扉が閉まった瞬間、
「まるで、パトカーに乗せられた犯人みたいだ・・・」
と、べラはスペイン語つぶやいた。

さて、お昼は「会席ランチ」だったので、
美しい色とりどりのお料理がテーブルに並んだ。
「すごいですね!」
べラは最初、その色どりや料理の盛り付け方、
細々としたお皿などに感動していたが、
両親が「つゆやたれ」の説明を始めると、すっかりわからなくなり
はしを持ったまま固まっていた。

スペインでは、料理の上に「つゆやたれ」はかけられるので
料理をいちいち「つゆやたれの所に持っていく」ことはない。
たいてい、オリーブオイル、塩、酢でOKである。

「お刺身はここ、おしょうゆね」
「天ぷらはこっち、天だし。大根おろしも入れて」
「おそばには、はい、おねぎを入れて」
「おなべは、こっちのつゆ」
べラは途中から、自分が何をやっているのかすっかりわからなくなり、
横を見ると、鍋の野菜を「さしみじょうゆ」につけて食べていた。

わたしたちが、日本語でおしゃべりに花を咲かせていると、
「バリバリ・・・」
と、横でへんな音がする。
「ああ~っ」
「もみじ、食べてるっ!」
「それは食べないんだよ!飾りだよ~」
スペインでは、お皿の上にのっているものはすべて「食料」、
つまり「食べられるもの」なので、
「料理の上に飾りを置く」という習慣がない。

これと同じ要領で、お刺身の「大根や菊」はもちろん、
気をつけないと、あらゆる「飾り」を食べそうであった。
「しそは食べていいのに、もみじはなぜだめなのか?」
「はぁっ?」
そんなこと考えたこともなかったので、答えにつまり
「いやじゃなければ、何でも食べてもいい」ことにした。

さて、食後はいよいよ
べラの特大サイズの衣類、靴の買い物である。
「コートもないの?」
「靴一つしかないの?」
母がイトーヨーカドーの中に、「大きいサイズ」の店があると言う。
靴はとりあえず「東京靴流通センター」で、聞いてみることにした。
「とみ子さ~ん、ありがとう」
「のぶゆきさ~ん、お世話になります」
べラは両親の名を飛びながら、夢だった「ニッポンの家族」と、
食べたり、買い物をしたり、街路樹のいちょうや、
「どこを見てもぴかぴかの町」を眺めながら一日を過ごした。
そして、ふたたび夕食の時間。

「回転寿司、行くか!」
「べラ、お寿司、食べたい?」
「食べたい、食べたい。」
わたしたちはご近所にある、「魚魚丸(ととまる)」という、
回転寿司屋に向かって、車を走らせた。
「♪ゆ~りかごの、う~たおー・・・」
上機嫌で、ニッポンの歌を披露するべラ。
「はい、着いたよ!」
「ついたよ」
今日一日で、べラは聞いたことを
「オウムのようにくりかえす」ことを、おぼえた。

しかし、誰が、想像しただろう。
このわずか数十分後、べラが突然、叫び声をあげることになろうとは。
「うわぁっ、へび焼きだぁ~っ!」
「なにっ!へびっ?・・・」
思わず日本語で答えるわたしに
お店のお兄さんは、お皿を手にしたまま固まっていた。

(「ニッポン驚嘆記・6」につづく)

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