ピアノ教室の壁には、子供たちの描いた絵やコラージュがびっしり。ピアノレッスンなのに絵だらけ。今日はこの部屋を「大整理」することにした。
しばし、立ち尽くす。これをはがす。って、できるんだろうか。すごろくも手作り。プレゼントのエプロンだって。中央の文字は
「ビバ!アートと音楽」
って、書いてある。この小さなピアノ室に、入りきれないほどの思い出が詰まっている。
「もう後ろは振り向かない」
と、昨日決めた。でも。しばらくこの壁を見つめていよう。子供たちの笑顔が浮かんでくる。いつもレッスン中は壁に背を向けていたので
「絵を見つめること」
も、そうそうなかった。なんてすばらしいギャラリー!
「私に絵をプレゼントしてくれる?」
それだけで、これだけ集まったのだ。もちろん数年に一度、リニューアルもする。作品をまとめてご両親さんにプレゼントもした事もあった。
3歳から89歳まで、毎日たくさんの生徒さんが通ってくれた。私の20年間が、この部屋に凝縮されている。
「始めよう!」
椅子に登り、一枚一枚取り外していく。まさか、こんな日が来るなんて。想像もしていなかった。
「やめる勇気。失う勇気。それを受け入れる勇気」
私は毎日試されている。ふいに心がゆるみ、弱気が入り込んで内から崩されそうになる。だから。一枚残らず、取り外す。
「喪失に立ち向かう毎日」
を、今の私は送っている。そして。壁から全ての絵を、一枚残らず取り外した後、海へ泳ぎに行った。
あんまり悲しくて。海に抱きしめてもらうために。地中海のゆりかご。大嵐の後の海は、もう平穏と透明度を取り戻していた。
「大丈夫だよ」
そう言ってくれている気がした。