陸の孤島アルバラシン。午後5時で人はもちろんお店一つ開いていない。しーんとした石畳の道を、猫に話しかけながら下って行く。その時だった。
「あの、英語は話せますか?」
モデルのような黒髪の女性に話しかけられた。大きな瞳に、黒い帽子がよく似合う。
「えーと、私はダメだけど、彼なら・・・」
あわてて坂の上にいたハビ吉を呼びつける。あっという間に、カメラや三脚など機材を手にした人々に、ぐるっと周りを囲まれる。総勢6人。
「◯◯テレビです。アルバラシン村の撮影をしているんですが、インタビューしてもいいですか」
「えーっ、どこのテレビですか?」
「ジョージアです」
ジョージア。って、えっ。あの。ヨーロッパとアジアの境の?コーカサス山脈だか黒海だかの?ロシアから独立したあのジョージア?
「どうしてこの村を訪れたのか、何に惹かれて、などをお尋ねするので答えてもらえますか」
すてきな笑顔。スタッフの皆さんもいい感じ。1人の男性がスペイン語を少し話せたので、私にも状況が飲み込めた。
インタビューしたくても、通りに誰もいないんじゃあ大変なはず。よっし。と、指定の位置に2人して立つ。マイクの線を服の中に通されるハビ吉。表情が固い。
「どうしたの?」「これは、新しい手口の泥棒なんじゃ・・・」
「はあぁ?」「だって、僕の服の中に手を入れてくる」
だから。それはマイクの線なんだって。私は経験済みなので「ぐわっはっは」とカメラの前で大笑いしていた。
インタビューを受けながら「あぁ、英語ができたらなぁ!」とつくづく思った。どんなにこの村に憧れて、数年かけてここまでたどり着き、今この美しさに感動しているか。
スペイン語なら、アルバラシン村への愛、この村のすばらしさを思う存分、伝えられるのに。インタビューが終わり、どんな番組を作っているのかを教えてくれた。
「あの、一緒に写真を撮ってもいいですか」「もちろん!」
で、この記念写真(3枚目)。生まれて初めて、ジョージアの人たちと話をした。それも、こんな世の中から忘れられたような場所で。
「想像もしていなかったことが起こる。それが人生!」
わくわくした気持ちで坂道を下り、村の外に出た。街道沿いに小さなホテルを発見。そのテラスでティータイム。
寒いけど、この景色を眺めていたい。目に焼き付けておきたい。もう二度と、ここを訪れることはないかもしれないから。
「よっし、クエンカへ向けて出発!」
元気よく車に乗り込む。そう、これから再び電波のないデッドゾーン。山間は日暮れが早い。そろそろ辺りが薄暗くなってきた。
「どうか車の故障だけは、やめてください」
両手を合わせて拝む私の横で
「ここに一泊したかったね」
と、ハビ吉がつぶやいた。小さな頃、家族4人で訪れた思い出の村。もしかしたらハビ吉の目には、亡くなった両親の姿が見えているのかもしれない。と、思った。
(明日に続く)