【一日一作プロジェクト】「DEMOCRACIA (デモクラシア)」を作った。今日はベラの誕生日。亡くなって7年になる。彼を失い、音楽屋を卒業し
「アートを中心にすえた人生」
をスタートして7年。私にとっては「決意」の日でもある。ベラが、私にくりかえし言ってくれた言葉
「君は、数少ないアウテンティカ(本物)の1人。自分を貫け!」
その言葉を、お守りのようにして生きてきた。彼は「自分の信念に命を捧げた人」だった。「デモクラシア」という。南米のウルグアイで生まれ、バイオリニストとしてアルゼンチンやチリで演奏する傍ら
「トゥパマロス国民解放運動」
という活動家グループに所属。当時の独裁政権(チリのピノチェ政権、アルゼンチン・ウルグアイの軍事政権)に立ち向かった(Wikipediaで調べてもトゥパマロスの事実は出てこない)。
「『世界一貧しい大統領』として有名なホセ・ムヒカ氏」
も、当時のトゥパマロスの中心的メンバー。刑務所に4回入れられ、13年の獄中生活。電気ショックや水責めなどの拷問の末、自由の身に。2010年に大統領就任。まさかの大逆転劇にウルグアイ市民は湧いた。選挙速報が終わり
「ベラと2人、真夜中に乾杯」
したことを覚えている。無言で一気に飲み干した酒の味は、どんなだったろう。今でこそ「非人道」極まりない、チリのピノチェ政権、ウルグアイ・アルゼンチンの軍事政権だが、当時はそれを口にするだけで、デモをするだけで若者達が
「何万人と連行され、拷問され、行方不明に」
なっていた。そのやり方は残酷極まりなく、大量殺戮された史実は映画にもなっている。追い詰められ、行き場をなくした若者達は、ついにアムネスティの力を借りて海外へ政治亡命をする。
ベラの行き先は、スウェーデンだった。慣れない土地で苦労も多かったと思う。私が愛した人はそういう人だったので、最初は聞く話すべて、目から鱗だった。
「自分が学校で習ってきたこととまるで違う事実」
に衝撃を受け、それからジャーナリストグループや社会活動家グループに参加し、固定観念や情報操作で歪められ、曇っていた目を少しずつ開いていった。
その作業は、自分が教えられた、信じてきた世界の歴史、仕組み、正義を、根底から覆すものだった。それでも、知れば知るほど、調べれば調べるほど、つじまじがあってくる。
「偶然は何もない」「金の動きを追え」
全ては周到な計画に基づかれ、実行されている。全てはコマなのだ。この世の「壮大なチェス」は、世界政府(ピラミッドの頂点に立つ人々)によって動かされている。人々の命と人生を弄びながら。
「日航機墜落事故」
の真実を知った時は、朝まで眠れなかった。「そんなはずはない」から「そこまでするのか」へ。私はまだ30代で、その時に出会った日本人のジャーナリストブログを、20年に渡り今でも愛読している。
「人生は誰に出会うか」
で、大きく変わってくる。ブログやツイッター、YouTubeやニコニコ動画、rumble動画もしかり。違和感を大切に。気になることがあったら、Googleやウィキペディア以外で調べましょう。
「DEMOCRACIA(デモクラシア)」
「DEMOCRACIA」が「LIBERTAD(自由)」「ESPERANZA(希望)」「AMOR(愛)」の文字で支えられている。エールアート。
ベラはもう私のそばにはいないけれど、彼のおかげで「どこに立って、世界をどう見るか」。真実を見極める目をゆっくり養わせてもらった。彼の意志、信念は私の中にしっかりと息づいている。
「デモクラシア」に青春を捧げ、20代で亡命を余儀なくされ、母国に戻ることも許されず、やっと帰国できて両親に会えたのは、10年以上たってから。
「バイオリンがなかったら、生きていられなかった」
と言うベラへ、感謝の気持ちを込めて。「デモクラシア」が今、再び奪われようとしている。今度は世界中で。グレートリセットへ猛進中。
命を大切にする社会を。私はアートで闘おう。