先日、マルベージャ市に演奏に行ってきた。
マラガから車で50分、お金持ちの住むことで名高いマルベージャ。
かつては、かのショーン・コネリーも別荘を持っていた、
毎年、アラブの石油王とか有名人がぞろぞろとバケーションにやってくる
あの、マルベージャである。
だからと言って、わたしたち音楽屋の労働条件もそれに比例するとは限らない。
演奏会場に着いて、わたしたちは気を失いそうになった。
8月のマラガで、室内で、「冷房がない」のである。
「これは、いったい・・・・・」
「いやいや、きっと演奏前になったら入れるんだよ!」
と、無理やり言ってみるが、冷房の気配はまるでなし。
正装を義務づけられているわたしたちは、長い黒パンツに革靴、
ベラなんて長袖の白シャツに、タイ、ベストである。
演奏前で、すでに汗だく。
もわ~んとしたスープのような空気の中にいると、気持ち悪くさえなってくる。
「何、弾くんだっけ?」
「えっ、誰?」
って、わたしたちじゃ。プログラムを見ないと曲順も思い出せない。
挨拶をし、演奏が始まったとたん、滝のような汗が吹き出す。
演奏って、ボルテージが一気に上がるので、いったん流れ出すと止めようがないのだ。
頭やあごから、つつーっ、つつーっと垂れ落ちてくる。
それが、背中を流れ、お腹を流れ、おしりにまで達する。
なんと壮大な旅であろう。
3曲目で、汗をふくため、ベラが演奏を中断した。
「汗が目に入って・・・まちがえそうだった」
呆然として、言う。ひとごとではない。
わたしも弾きながら、自分の弾いてる曲が何だったかわからなくなる瞬間がある。
パッ、パッと瞬間的に、意識が遠のくのだ。
「集中!集中!」
心の中で叱咤激励しながら、ピアノに向かう。
何度も何度もまちがえそうになりながら、わたしは必死に演奏に集中した。
演奏が終わり、外に出ると涼しい夜風が、わたしたちの全身を包んだ。
「うわあー、涼しい~」
「気持ちいいーっ」
思わず、合掌。
これは演奏を通した「どんな条件下でも集中する人生修行」なのにちがいない。
するとやはり「ありがとうございました」なのだろう。
ベラはびっしょり濡れた白装束を脱ぎ捨てると
いつものランニングと短パン、ビーサンにはき替えた。
「ああ~っ、息ができる!」
と喜びのため息をもらしながら日本語で
「わたしは、がんばりましたっ!」
と、力強く言った。