わたしたちの泊まった恵那のホテルは、朝食もバイキングだったので
べラのために「日本食」を、ずらりとテーブルに並べてやった。
「納豆」「とろろ」「のり」「明太子」「白いご飯」「お味噌汁」・・・
ああー、見ているだけで幸せになってくる。
一年ぶりの和朝食に、合掌。
「僕・・・洋食の朝食がいいな」
「なにっ!昨夜は、和食がいいってあんなに騒いでたのに」
「だって、朝の8時からアロス(ご飯)と、ソパ(スープ)に
マリスコス(魚介類)って・・・これは、昼食のメニューだよね」
確かにスペインで朝食といったら、基本的には「パン&コーヒー」。
好みでハムやチーズをのせるが、卵料理やサラダはまずお店でも出てこない。
出発までまだ時間があったので、わたしたちはホテルの娯楽室で
「卓球大会」を行うことにした。
朝食の腹ごなしにもいいであろうと、わたしが提案。
最初は和気あいあいと、べラと父が対戦していた。
けっこうラリーも続いて、これならまさに「腹ごなし」。
事情が一変したのは、母がラケットを握った瞬間であった。
「べラちゃん、行くよ!」
「はーい、とみ子さん」
べラは楽しいラリー、家族のコミュニケーションを期待していたのにちがいない。
が、母のボールは明らかに「決め」に入っていた。
「バシッ」
「ビシッ」
炸裂するスマッシュ。ボールははるか後方に飛んでいく。
「ひえぇーっ」
驚きの声をあげたのはべラではなく、父とわたしだった。
母がこんなに卓球ができたとは、それもスマッシュをバシバシと打ち込む姿は
いつも家で、洗濯をしたり縫い物をしたり、ハーモニカをふく姿とは
あまりにもかけ離れたものだったので
すっかり度肝を抜かれてしまったのだ。
「すごいー、とみ子さん!」
べラだけが、歓喜の声をあげながら、母に向かっていく。
ボールに息を吹きかけ、おまじないをかけサーブを打ち込むが
次の瞬間には、「バシッ」とすごい勢いで打ち込まれる。
「とみ子さん、すばらしいですねー」
べラは無邪気に喜んでいたが、これでは赤子の手をひねるようなものである。
見かねて、元・卓球部だったという父が対戦するがまるでだめ。元・体育系であるわたしも応戦するが、足元にも及ばず・・・
「とみ子さんの優勝~!」
腹ごなしのはずが、真剣な「試合」となってしまい
汗びっしょりで、ホテルを後にする。
なにしろ、これから大切な「ファミリーコンサート」が待っているのだ。
まず、会場であるケアセンターに電子ピアノを運びこまねばならない。
卓球のおかげでウォーミングアップはできていたが
一年ぶりに箱から、電子ピアノやペダルを取り出しながら
ちゃんと鳴ってくれるのか、不安になった。
『異変』に気づいたのは、そのときだった。
「あれ、ピアノ本体とコンセントをつなぐ、『アダプター』がないけど・・・」
「アダプター?」
「去年はこの箱に入ってたよ。アダプターがないと電源が入らないし、
なにより音が出ないよねぇ」
「ええーっ」
どれだけ箱をひっくり返しても、アダプターは出てこない。
「中津川に楽器店、ある?もしかしたら売ってるかも」
父とわたしは、すごい勢いで中津川にある楽器店
および大型電化店を回った。
が、答えはどこも同じ。
「注文してからの、お取り寄せになります」
「仕方ない。ピアノなしで、バイオリンとハーモニカで、今日はやってもらおう!」
父は決断すると、母とべラに向かって、事情を説明した。
「ええーっお母さん、吹けるかなぁー」
コンサート1時間前である。
「ところでお母さん、ハーモニカは?」
「ここに入れて・・・あれっ、ない!」
「ええっ・・・ないって」
袋をひっくり返しながらハーモニカを探していた母が、ついに口を開いた。
「お母さん、ハーモニカ忘れてきちゃった・・・」
一瞬、みんなの表情が凍りついた。
ピアノなし。ハーモニカなし。
あるのはべラのバイオリンと、父の司会だけ。
「べラちゃん、ごめんね!今日はべラちゃんのワンマンショーだからねっ」
「・・・・・・・」
べラはあまりのことに言葉を失い、しばらく固まっていた。ここでべラに
「一人なら、弾かない」
などと言い出されては困るので
「ごめんね、ごめんね」
と、家族みんなで平あやまり。
ひたすら謝るわたしたち3人を見つめていていたべラが
あきれるように、ぽつりと口を開いた。
「僕、この家族とは絶対、『銀行強盗』には行かないよ。
きっと拳銃忘れた、覆面忘れた・・・って、大変だろうから」
コンサートまで、あと50分。いったい、どうなるのか・・・
(「ニッポン再発見記・8」につづく)