第18話 味噌汁は音楽に生まれ変わる

3年間お世話になった今井先生が引っ越すことになり
私たちは次の先生を見つけなくてはならなくなった。その時、駅前の大きなビルに

“ヤマハ音楽教室”を見つけた父は
「よし、行ってみるか!」
ところが担当になった女の先生は、とても愛想が悪かった。
いつも怒っていて機嫌が悪く
「あなた、10年弾いてもこれなの!?」
「全くできてないじゃないの!」
「こんなんじゃコンクールに参加することも無理ね」
と毎週毎週繰返し言った。“レッスンが厳しい”というのとは違っていた。
子ども心にも
「この人は音楽を愛していない」
と感じた。音楽と居て楽しくない人がどうして音楽を教えるんだろう。
こんな人にはなりたくない。
それがレッスンに行かなくなってしまった理由だった。レッスン最終日
彼女はニコリともしないでこう言った。
「プロになれる素質がないからピアノは止めた方がいい」
そして私は本当にその日からピアノを止めてしまった。
それまで毎日響いていたピアノの音はその日を境にぴたりと聞かれなくなった。
両親も二度とピアノのことは言わなくなった。

あれから15年が過ぎもう一度、ピアノと生活を共にしようとしている。
不意に両親のことを思い出す。11年に渡ってピアノレッスンの送り迎えをしてくれた父と母。
風邪だろうとテストだろうと一日最低1時間の練習を
心を鬼にして強いてくれた父と母。
このことに一度として感謝したことがあったろうか。
「ありがとう」の一言すら両親に言ったことがなかったのではあるまいか。
“ピアノが欲しくてもお金がなくて買えない”
そういう状況に立たされて始めて私は今まで両親がしてくれた
たくさんの事に気付いたのだった。このことを忘れないように
つまり自分の原点は両親であり日本であり、今まで手を差し延べてくれた
沢山の人たちの援助によって今の私があることを
毎日はっきりと意識するためにリビングの一角に“仏壇”を作った。
“神棚”“聖台”といってもいい。お供え用の水と果物、花、蝋燭、線香などが置かれ、
毎朝必ずここでお線香をたき両手を合わせて感謝の祈りを捧げる。
そして今日も全力で生きることを誓う。
送られてくる手紙や写真は一週間ほどこの聖台に“捧げもの”のように飾られる。
すべてはエネルギーなのだ。そんな折、日本からひとつの小包が届いた。
群馬県で日本料理店を経営する柴宮さんからだった。
「あああっ…!」
ダンボール箱を開けてびっくり。中にはびっしり日本食品が詰まっていた。
味噌汁の素、のり、出汁の素…柴宮さんは私が日本の味を恋しがっているだろうと心配して
何と一年分の日本食を送ってくれたのだった。
「ありがとうございます」
柴宮さんの心遣いに底力が湧いてくるのを感じた。手紙と味噌汁の素をお供えし、
両手を合わせ
味噌汁100パックは間違いなく音楽に生まれ変わることを
柴宮さんに約束した。

(第19話につづく)

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「第18話 味噌汁は音楽に生まれ変わる」への2件のフィードバック

  1. 柴宮です。ブログ見ました。このアドレスにメールしてみてください。
    料理店を何とかやりたいと思ってます。それまでお互い頑張りましょう!!

  2. 柴宮さんへ メッセージどうもありがとうございました。
    スペイン語の勉強をはじめたそうですね。応援してます。
    それで思いついたんだけど、このブログのどこかで
    “どんどん話そう!momo式スペイン語会話レッスン”を
    書くことに今決めました。勝手に。
    いつもながら“どうやって”は後回し・・・
    今年で15年になるスペイン生活。
    学校で習うのとは違う口語を中心としたフレーズを
    毎日載せていきたいと思います。お楽しみに!momo

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